享保名物帳

享保名物帳(きょうほうめいぶつちょう)  

享保名物牒、享保名物、刀剣名物帳、享保名物蝶

  • なお「享保名物帳」の名は近代に入ってからのものであり、当時は「名物鑑」「古刀名物帳」などと呼ばれていた。
  • この項では享保名物帳について記す。具体的な所載刀については「名物」の項を参照。
Table of Contents


概要  

  • 上巻:名物三作 即ち吉光(16口)、正宗(41口)、郷義弘(11口)
  • 中巻:名物集 平安時代から南北朝までの諸国刀工100口
  • 下巻:名物焼失(大坂の役、または明暦火災)80口
  • 名物追記:いつごろ追記されたのか不明。25口。
  • 昔名剣御所之剣
    焼失品は、本能寺の変(焼身二振)、大坂夏の陣(焼失したもの九振)、明暦の大火(六十九振)などによるもの。

記載されない名物  

  • 享保名物帳は、8代将軍吉宗の命により集められたものであり、言い換えれば本阿弥家で鑑定の上、押形を取っていた名物刀剣台帳である。
  • また徳川将軍家においても大名家で所蔵する名物刀剣を召し上げることが行われていた。召し上げを恐れる大名家では、本阿弥はもちろん町研ぎにさえ出さないなど秘匿する家もあった。
    事実、御三家の尾張徳川家ですら「後藤藤四郎」の召し上げを打診された逸話が残る。






原本:本阿弥光忠 

「享保書上げ」  

  • 元々は、八代将軍吉宗の命により享保4年(1719年)11月に、本阿弥家十三代当主の光忠が全国に散在する名物といわれる刀剣を作成して献上した本。
    • 健全な名物157振り、消失の名物78振り、計235振り。
  • 諸大名家に散在していた名刀や焼失品80口を問い合わせを行って調査し、寸尺や由緒を記してある。

    享保四年己亥十一月三日
    将軍吉宗公命有久世大和守於宅諸家へ被仰書付
              覚
    一、領分之内に居候打物仕候鍛冶何人ほと有之候哉人別に名書付可被差出候内誰々は別て打物仕候と有之儀附札に成共可被書付事
    一、右鍛冶共の内当時打物細工ははやり用不申候得共此内誰々者家筋にて古来より作之筋目にて今以打物仕家業致相続有之候と申儀是又附札成共書付可被差出事 以上
     享保亥年三月廿五日於同人宅被仰渡御書付
              覚
    一、領内有之鍛冶の儀被相達候に付書付被差出候右書付の内にて鍛冶打候刀脇差の内一腰可被差出候
    一、右書付の内難差出仕鍛冶両人有之候は一腰、両腰可被差出候同じ一人一作一腰差出候様に可被心得候
    一、右者当時打物仕居申候鍛冶打置候道具の事に候鍛冶の手前に不合候は打置候を才覚可差出候新規打立候には不及候 以上

  • 光忠は、収集した情報を記録し「享保書上げ」という刀工調書にまとめた後、さらにそれを整備したものを献上している。前者を副本と呼び、後者(献上分)は正本と呼ばれている。

本阿弥家「留帳」  

  • これとは別に本阿弥家には「留帳」という折紙発行の記録台帳があり、その他にも「本阿弥空中斎秘伝書」、「本阿弥光心押形」、「光徳刀絵図」など、先祖の残した押形本など多数の資料が残されていた。
  • それらや、「名物扣」の中から、健全なもの百六十八振り、消失したもの八十振り、合計二百四十八振りを選出し、各作品に由来等を書き添えて同年十一月に幕府に提出したと見られる。
  • なお提出は本阿弥三郎兵衛光忠であるが、清書したのは分家の本阿弥市郎兵衛だったようである。

控え「銘刀伝家日記」  

右者上奉始、諸家の銘刀取調被仰付、奉晨刻家之記より相撰奉書上控 享保四己亥十一月 本阿弥三郎兵衛

  • 写し
    • 名物」享保8年本
    • 「天下雄剣録」宝暦7年本
    • 「銘物帳」安永2年本
    • 名物帖」安永8年本
    • 名物刀剣記」寛政5年本

名物扣(めいぶつひかえ)「家之記」  

  • 「留帳」の中から、名物および名刀を抜粋したもの。
  • 吉宗が享保初めに”初風”と命名した国正も載っているため、「名物帳」作成の頃に資料として作成されたものとみられる。
  • 吉光正宗郷義弘の三作についても、少し相違するだけである。
  • 三作以外の配列は整頓もされる覚書の儘となっている。






名物帳の変遷  

長根による追記  

  • 欠けていた名物29口を追記し、さらに「昔名剣御所之剣」を追加したのは、本阿弥長根による写本「刀剣名物帳」からという。
  • それによると、まず本阿弥家に残っていた「名物扣(家之記)」を参照し、29口の名物を追加。→「名物追記」
  • さらに祖父光賀が寛延元年(1748年)に京都御所の剣を研いだ時の記録を取ったものを付録として添えた。→「昔名剣御所之剣」
  • この「刀剣名物帳」(芍薬亭本)は現在は国立国会図書館所蔵。

上中下巻の分類と「名物三作」の独立  

  • 名物三作が独立した経緯については諸説がある。
  • 慶長~江戸初期の刀剣押形などでは、その並びからは名物三作が特別扱いされていない。
  • また享保四年の幕府提出本には上中下巻の区別がなく、本阿弥長根がそれを上中下巻に分けたとされる。※佐野美術館「名物刀剣」
  • それによると、本阿弥家に残っていた光悦による「本阿弥光悦名物帖」と幕府に提出した写し「本阿弥家伝名物惵」では、「貞宗」が三作と同様に特別に扱われているが(名工四工)、その後長根の弟子である菅原質直による「刀剣名物帳」ではいわゆる三作だけが独立して扱われ、貞宗は他の刀工と同じく五畿七道の分類に入ってしまっている。
  • このことから、貞宗を含んだ名工四工から三作へと絞り込んだのは本阿弥長根であるとしている。
  • その後、本阿弥長根による芍薬亭本を底本とした星野求与本が出され、さらにそれを宮内庁御刀剣係となった今村長賀による写本を底本として「詳註刀剣名物帳」(大正2年 羽皐隠史)、求与本を底本とした「刀剣名物帳全」(中央刀剣会 大正15年)がそれぞれ発刊された。この頃には「享保名物帳」は上中下の三巻構成とし、上巻に三作を掲載することが定番になった。
  • この後、昭和45年に雄山閣が辻本直男氏補注による「図説刀剣名物帳」、福永酔剣氏による「日本刀大百科事典」などではこの説を踏襲する形となっている。
    このうち「詳註刀剣名物帳」(大正8年の増補版)が国立国会図書館デジタルコレクションで電子化され公開されており、容易に参照できる。http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/951684 




派生書籍  

  • 「享保名物帳」は原本が現存しておらず、写本または転写本のみが現存する。
  • これらは大きく2つに分類できる。
    • 1.徳川将軍家献上本の写し
      • 書き出しが「御物厚藤四郎」(現在国宝)で始まる。なおここでいう御物とは徳川将軍家を表す。本阿弥光忠が、献上するために将軍家所蔵刀剣から順に並べ直したもの。
  • 2.本阿弥家に残った調査記録を写したもの

献上本の写し  

名物鑑」  

徳川美術館所蔵

  • 右明治三年(1870年)夏於西京本阿弥百次郎以秘書竹屋九右衛門校合追加写之則以蔵書本増補之 同季秋葉月

古刀名物帳」(写本)  

国立国会図書館所蔵

  • 前書 安永八年(1879年)己亥歳八月 源長俊

古刀名物帳」(写本)  

日本美術刀剣保存協会所蔵(犬養毅旧蔵)

  • 奥書 享保四己亥年霜月如此認上

本阿弥家伝名物蝶」付焼失帳(写本)  

金沢市立玉川図書館蔵

本阿弥名物道具附」完(写本)  

日本美術刀剣保存協会所蔵

  • 奥書 此一巻ハ享保二年戌年 有徳院様 本阿弥家業献候也 他見ヲ禁ル者ナリ
    • ※享保二年は、戌年ではなく酉年で誤記

本阿弥家調査記録写し  

「刀剣名物帳」(芍薬亭本の写本)  

国立国会図書館所蔵

  • 幕末には、「鑑刀規範」を著し光悦七世の孫である加賀本阿弥家長根が享保名物帳を再編、上中下と分けた上で、上を名物三作とした。

「刀剣名物帳」(質直本の写本)  

日本美術刀剣保存協会所蔵

  • 奥書 時安政四年(1857年)四己年二月 下谷西街道 菅原質直(花押)
  • 菅原質直は本阿弥又四郎

名物帳」(求与本)  

日本美術刀剣保存協会所蔵

  • 奥書 此書本阿弥正三郎ヨリ借得テ写置モノナリ 弘化二己年(1845年)四月吉日 星野求与
  • 星野求与は、徳川家斉の頃の江戸城の茶僧




享保名物の偏り  

  • 享保名物帳に載っている刀剣を、享保名物と称する。
  • 多くは将軍家と御三家、有力大名により占められた。
  • また名物の中でも、三作と称される吉光正宗郷義弘の作がずば抜けて多い。

藩別所蔵数  

藩名所蔵数
将軍家30口
前田家24口
尾張家(御三家)17口
紀州家(御三家)10口
水戸家(御三家)4口
津山松平6口
黒田家7口
池田、島津、伊達4口
浅野、稲葉、水口加藤3口
奥平、阿部、大久保、井伊、
本多、鳥取池田、京極
2口
他二十余1口

名物の中の三作  

  • 「現存」は名物帳記載当時。
刀工区別一覧
吉光現存
(16)
平野藤四郎烏丸藤四郎岡山藤四郎厚藤四郎信濃藤四郎増田藤四郎後藤藤四郎前田藤四郎朝倉藤四郎清水藤四郎毛利藤四郎博多藤四郎鍋島藤四郎岩切藤四郎乱藤四郎(以上14口在銘短刀)、朱銘藤四郎(短刀)、無銘藤四郎(短刀)
焼身
(18)
一期一振骨喰藤四郎、大坂新身藤四郎、江戸新身藤四郎豊後藤四郎長岡藤四郎車屋藤四郎米沢藤四郎、凌藤四郎(鎬藤四郎)、親子藤四郎庖丁藤四郎飯塚藤四郎薬研藤四郎大森藤四郎塩河藤四郎真田藤四郎(以上14口在銘短刀)、樋口(朱名短刀)、鯰尾藤四郎(在銘脇差)
正宗現存
(41)
後藤正宗中務正宗池田正宗早川正宗福島正宗(以上5口象嵌極め短刀)、本庄正宗会津正宗若狭正宗篭手切正宗(切付)、式部正宗太郎作正宗島津正宗観世正宗敦賀正宗石田正宗武蔵正宗大垣正宗(以上12口無銘刀)、夫馬正宗不動正宗(以上2口在銘短刀)、和歌山正宗朱判正宗芦屋正宗(以上3口朱銘短刀)、小松正宗岡本正宗前田正宗伏見正宗金森正宗九鬼正宗日向正宗、倶利伽羅、豊後正宗道意正宗堀尾正宗宗瑞正宗一庵正宗小玉正宗庖丁正宗庖丁正宗庖丁正宗(以上17口無銘短刀)、小池(無銘寸延び短刀)、毛利(象嵌極め銘脇差)
焼身
(18)
江雪正宗(在銘短刀)、石野正宗(象嵌極め銘刀)、石井正宗笹作正宗伏見正宗、菖蒲戸長銘正宗(以上4口無銘刀)、大坂長銘正宗、江戸長銘正宗(以上2口在銘短刀)、若江正宗三好正宗対馬正宗大内正宗片桐正宗八幡正宗黒田正宗二筋樋正宗、上下竜正宗(以上9口無銘短刀)、横雲(朱銘短刀)
郷義弘現存
(11)
稲葉郷北野江桑名江(以上3口象嵌極め銘刀)、松井江(朱銘刀)、富田江中川江五月雨江鍋島江横須賀郷(以上5口無銘刀)、長谷川江(無銘短刀)、篭手切江(象嵌極め銘脇差)
焼身
(11)
常陸江、上野江(以上2口象嵌極め銘刀)、三好江大江西方江上杉江、甲斐江、鉢屋江、肥後江桝屋江(以上8口無銘刀)、三好江(無銘短刀)

消失品  

  • 明暦の大火により、江戸城に収蔵してあった刀剣類として三十振入りの刀箱三十個のうち、二十五箱が焼けたという。


様々な分類で見る名物  

  • 享保名物帳に掲載される名物を様々な視点で整理する。

名物の指定区分  

時代・長さ種別  

時代種別焼身
太刀短刀寸のび脇指太刀短刀寸のび脇指
平安600006200002
鎌倉1719582399156362261
南北朝13418736301411117
総計245376961681720373380
  • 「寸のび」は寸のび短刀の意

太刀と刀  

  • 平安から鎌倉にかけてはもっぱら太刀が用いられたため、多くなっている。南北朝に太刀が大幅に減り刀が増加しているのは、元来太刀で作られたものを実用上の都合から大磨上をして刀に模様替えしたためである。この大磨上は、ほとんどが室町末~桃山(永禄~慶長年間)になされた。
  • 鎌倉期の刀は、健全刀と焼身あわせて25口あるが、内訳は五郎正宗が22口、南泉一文字千鳥一文字骨喰藤四郎である。
  • 南北朝期の刀は48口で、郷義弘18口、左文字9口、貞宗6口、兼光3口、末青江貞次2口、志津3口などとなっている。
  • これら鎌倉期、南北朝期あわせて73口のうち大部分は大磨上無銘であり、そのうち五郎正宗6口、郷義弘5口、左文字4口、兼光3口、末青江2口、へし切り長谷部と大三原の各1口の計22口は金象嵌での極め銘がなされている。さらにそのうち過半数の13口は本阿弥光徳の極め銘である。

短刀  

  • 鎌倉時代は短刀の黄金時代であり、数多く選ばれている。
    • 在銘は53口(4口の正宗含む)
    • 無銘は33口。正宗26口、行光3口、当麻2口、吉光と光包が各1口
    • 朱銘が8口

寸延び短刀  

  • 鎌倉末から寸延び短刀が登場する。
    • 在銘は5口
    • 無銘が6口
    • 朱銘が1口
    • これら短刀には象嵌銘はない。

脇差  

  • 脇差は在銘3口、無銘3口、朱銘1口、象嵌銘2口。

特殊なもの  

槍・薙刀  

打刀・脇差  

朱銘  




刀工別の集計  

刀工口数焼身
正宗411859
吉光161834
貞宗20323
郷義弘111122
左文字922
  • 粟田口吉光を除くと、正宗貞宗郷義弘、左文字、志津、來国次、來国光、兼光などいずれも鎌倉末期から南北朝にかけての相州物である。
  • 正宗貞宗で九二口で33.7%、その他相州物を合計すると一四八口(国光二口、行光四口、長谷部国重一口、広光一口、則重一口を含む)にもなり、これは全体の六割となる。
  • 逆に少ないところを見ていくと、筆頭は備前物で、古備前派包平一人、一文字派が則宗と則房だけとなっており、長船派でも光忠長光兼光だけとなっている。古備前派では友成正恒、一文字派では吉房や助光、長船派では景光真長近景長義らを欠いており、ほかの備前物では助実、国宗、守家、雲類(雲生、雲次、雲重)が欠けている。同様に備中物でも古青江派を恒次ひとりに代表させ、貞次や為次らをあげていないし、末青江では恒次をあげるが守次や次吉、次直らを漏らしている。
  • これは当時の室町期~桃山期にかけての新興武士の名刀感を如実に示すものである。

タグ