陸奥新藤五


※当サイトのスクリーンショットを取った上で、まとめサイト、ブログ、TwitterなどのSNSに上げる方がおられますが、ご遠慮ください。

 陸奥新藤五(むつしんとうご)

太刀
銘 國光
名物 陸奥新藤五
二尺五寸一分
特別重要刀剣
個人蔵

  • 新藤五国光の作
  • 表裏瓔珞(ようらく)、梵字、蓮台、鍬形、剣、蓮台を重ね彫り。表に三鈷剣、裏に素剣。
  • 中心うぶ。目釘孔1個、國光の二字銘。

 由来

  • 松平陸奥守(伊達)家所蔵にちなむ。

 来歴

  • 万治2年(1659年)6月に、第111代後西天皇より仙台藩3代藩主伊達綱宗が拝領した。

    萬治二年六月
     後西院天皇賜伊達綱宗太刀御馬目録
    太刀國光 一腰
    御馬黄金十両 一疋
    已上

  • これは、2代藩主伊達忠宗の側室で伊達綱宗母である貝姫の実姉が櫛笥隆子であり、その隆子が後西天皇の生母逢春門院という関係(つまり従兄弟にあたる)で贈られたもの。
    後西天皇の諡号は、第53代淳和天皇の異称「西院帝」に倣って「後西院」と追号されたもの(加後号)。明治に入ってから院号で呼ばれていた天皇に天皇号を贈ることになり、「後西院天皇」とされた。さらに後、大正14年(1925年)には「~天皇」「~院天皇」と一定していなかった追号から一律に院の字を廃することとなり「後西天皇」となった。
  • 元禄10年(1697年)10月3日付けの折紙がつく。本阿弥花押、代金十枚。

    新藤五國光
       長サ弐尺五寸壱分
    正真 表裏天蓋梵字蓮花
       鍬形剣蓮花但裏草
       三鈷有之
    代金子拾枚
       元禄拾年丑十月三日 本阿(花押)

なお「日本刀大百科事典」では陸奥新藤五の項に森川半弥経由の記載があるが、これは「会津新藤五」の逸話を重複掲載したものであり、誤り。会津新藤五は短刀で蒲生(森川)・前田・将軍家と渡った。現国宝


Amazonプライム会員無料体験