山城信国(刀工)


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 信国(のぶくに)

南北朝期の刀工
了戒の弟子
信国派の祖

Table of Contents

 概要

  • 長谷部国重とともに山城国に相州伝を残した。
  • 大進房様式の梵字・刀身彫は、相州行光-相州正宗-相州貞宗からこの信国にも継承された。
  • 信国派の祖となる。

 生涯

  • 不明な点が多い。

    信国 五条坊門堀河ニ住ス 今ニ信国ト打、建武ノ比ヨリ二三代イツレモ信国ト打(「能阿弥本銘尽」)

    元応頃(中略)帝ヨリ勅勘有(中略)末世ニ名ヲ留メント了戒手ニ付キ鍛冶執行数十年(中略)以後京五條坊門ニ住ミ、初テ信國ト打(筑前初代信国吉貞の「信國初ノ系圖代々祖子付之事」)

  • と記されるが建武銘は現存しない。
  • 年記銘では「短刀 延文三年十二月日」の(1358年)から、「短刀 貞治五年十月(1366年)頃までが確認できる。

 了戒弟子

  • 元応2年(1320年)頃に了戒の弟子となり、数十年後京五条坊門で「信國」と銘を切った。
    了戒─┬了久信-信久─┬祖父信国──親信国─┬孫信国─┬信光
       └国久     └信国源五郎     └了一  └定国
  • 作風は、来一門了戒様式の直刃と、正宗貞宗様式の沸出来で湾れ刃文に金筋、砂流し、大進房様式の梵字・刀身彫、茎先は栗尻を特徴とする。


 初代信国:著名作

  • 「祖父信国」

 重要文化財

短刀
銘「信國」(1955年指定、個人蔵)
脇指
無銘 伝信國。天蓋・金剛界大日如来種子・蓮台・鍬形・三鈷柄剣の彫物が入る。京都国立博物館蔵
短刀
銘「信國」裏「貞治五年十月」九寸二分五厘。1941年重要文化財指定。大阪府個人蔵
太刀
銘「信国」長71.5cm。正徳5年(1715年)4月、5代藩主徳川吉宗(後の8代将軍)が家康の百回忌にあたり奉納したもの。大正3年(1913年)4月15日重要文化財指定。和歌山東照宮所蔵、和歌山県立博物館寄託

 重要美術品

脇指
銘「信國」(不動明王種子・三鈷柄剣)東京:個人蔵
短刀
銘「信國 「延文三年十二月日」九寸一分
短刀
銘「信国」延文二年銘。葵紋合口拵が附く。長33.8cm、反り0.3cm。なかご表に二字銘。初代信国の作。昭和36年7月25日岡山県指定重要文化財。倉敷市・五流尊瀧院所蔵

 その他

短刀
銘「信國 康安元年ニ」
卍信国
剣 銘信国および剣袋。徳川家康奉納。法隆寺所蔵
西郷所持刀
西郷隆盛が信国の刀を所持したという。ただし西郷は少年時代に喧嘩の仲裁をした時に右腕内側の神経を切ってしまい、その後刀を握ることができなくなった。そのため学問での立身を志したとされる。




 系譜

  • 二代目信国を経て、応永信国が活躍した。
  • 応永信国は三代目信国(源左衛門尉信国か)や源式部丞信国など。
紅葉山信国
享保名物
松浦信国
享保名物
波游ぎ信国
 
一期一腰
銘「奉富士本宮源式部丞信国/一期一腰応永卅二二年二月日」。富士浅間神社蔵
宗三信国
そうさんのぶくに。三好政長入道所持。のち信長が入手し、天正8年に津田宗及が拝見している。その後は行方不明。

 山城信国派

 二代信国

  • 「親信国」
  • 初代の子とする。
  • 通称源五郎。
短刀
銘「信国/貞治五年十月」昭和10年5月10日重要美術品指定、松尾直次郎所持(河瀬虎三郎旧蔵) ※代数不明
銘「信国/延文三年十二月日」昭和12年12月24日重要美術品指定、小林種次所持。
銘「信国/至徳二年十二月」黒糸柄蠟色鞘打刀。刃長二尺二寸一分。津軽義孝伯爵所持
太刀
銘「信国」長68cm、反り2.1cm。なかごに二字銘。昭和30年5月17日岡山県指定重要文化財。個人蔵

 刑部丞信国

  • 刑部丞
  • 応永年記あり、「応永信国」

 三代信国

  • 二代の子。
    • 初代の子で初銘信光、通称源左衛門尉。初代の婿で初銘正信、通称源左衛門など諸説あり。
      この源左衛門信国からみて、初代信国を「祖父信国」とも呼ぶ。
  • 応永年記あり、「応永信国」
  • 「国」の字を左字に切る
地蔵信国
毛利輝元が厳島神社に奉納した脇差。刃長一尺六寸一分(厳島図会では二尺一寸)。平造り。差表に三鈷柄の剣、裏に地蔵尊の彫物。刃紋小乱れ。差裏に「源左衛門尉信国」とあるが、「国」が普通の書体と異なる。腰刀の拵付き。
太刀
銘「源左衛門尉信國/應永卅二二年二月日」長二尺二分、反り七分四厘。沸出来で鎬造り、庵棟、重ね厚い。表裏に彫物。下半分に梵字2つ、その下に表は剣、櫃中に倶利伽羅竜の浮彫、裏は幾何学文様。生ぶ中心。德川宗敬伯爵所持

 式部丞信国

  • 源左衛門尉の弟、または二代信国の子。
  • 初銘信貞。
  • 応永年記あり、「応永信国」
  • 「国」の字を右字に切る


 豊前信国派

  • 三代目信国の次男信国吉家は、宇佐の安心院(あじむ)吉門に永享12年(1440年)に仕え、以降八代、安心院に仕えた。
  • 安心院が大友宗麟に滅ぼされた天正10年(1582年)以降、筑前ほかへ移住した。

 筑前信国派

  • 初代信国より十二代信国吉貞は安心院滅亡後細川忠興に仕官を迫られたが、慶長7年(1602年)筑前へ移住し黒田長政に仕えた。
  • 長男の信国吉政は備前伝を受け、次男信国吉次が家を継ぐ。主な刀工は以下の通り。

 初代信国吉政系

  • 二代信国吉政、三代信国吉政、四代信国吉政、信国重久、信国光昌、信国美直、信国義昌、信国義一、信国義直

 信国吉次系

  • 信国吉包、信国重包、信国茂包、信国包利、信国吉清、信国行国、信国重載、信国定国

 信国吉助系

  • 信国重貞、信国吉親

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