関東大震災


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 関東大震災(かんとうだいしんさい)

1923年(大正12年)9月1日11時58分32秒に発生したマグニチュード7.9の大正関東地震による地震災害
日本災害史上最大級の被害を与えた

  • 刀剣類も多数罹災している。
    ただし未曾有の大震災後の混乱状況の中、収集家あるいは関係者の記憶を元に編集されたものであり、決して完全な記録ではなく、現在においては誤りが少なくとも数点あることがわかっている。
    わかっている範囲では、水戸徳川家の「児手柏」「燭台切光忠」については"焼失"ではなく、焼身のまま徳川ミュージアムに保存、また藤堂家の「大兼光」については明治に将軍家に伝わり現在は佐野美術館所蔵。

     凡  例
一、本書は大正十二年九月の關東大震災に滅亡したる美術品の記録にして、其頃より同十四年に亘りて調査する所に係るものなり。當時災後騒屑(そうせつ)の際にして、世情未だ安定を得ず、美術を顧るの餘裕(よゆう)なき頃なりしかば、調査頗る困難を極めたり。而して罹災家所藏の美術品は概ね全焼して、道具帳其他の記録類の如きは(もと)より助かるべくもあらざりしかば、焼失品の目録は之を文獻に求むること極めて稀にして、専ら罹災者或はその關係者の記憶を辿る談話に待つの外なかりしなり。その内幾百千の多藏家はその主要品のみにても、之を想起すること易しからず、又半焼の家にてはその存亡の明かならざるものあり。又甚しきは一家族全滅して、之を問ふによしなく、僅に他方面より探知したる所もありき。斯る狀態の下に蒐集したる資料なれば、その正確を期するは至難の業なれども、百方奔走の結果を綜合して、先つその大觀は得たるに庶幾(しょき)しと信ずるものなり。而して罹災美術の品質に就いては、從來世に著名なるものも少からざれども、その大部分は未だ知られずして火中に葬られ、その間幾多の名什珍寶の存したりや得て知るべからず。故に(みだ)りに批判を加へ取捨を爲すべきにもあらざれば、若干の考量を拂ひたる節もあれども、大軆は罹災者の所説のまゝを採録することとせり。
(略)
一、本書は前記の如く、震災直後の調査に成るものにして、遺漏、誤傅の相當あるべきを免れざれば、異日の補正に資する爲に、本書に漏れたる罹災諸氏の通告を懇望し、併せて大方の叱正を希ふものなり。

Table of Contents

 山縣侯爵家(有朋養子、伊三郎氏)

  • 三条宗近刀(長一尺七寸三分、白鞘)
  • 一文字則宗(長二尺一寸五分、拵革造)
  • 浅井一文字

    長二尺六寸五分 白鞘
    此刀は浅井長政より淀君、徳川家、柳沢家に伝来したる名物なり、焼跡に残骸も見つからざりしと云ふ

  • 古備前埴継(長二尺二寸三分、拵金造)
  • 直江志津(長二尺一寸五分、白鞘)
  • 大和千手院行信(長二尺三寸三分、白鞘)
  • 備前長船清光短刀(長八寸三分、白鞘)
  • 吉光短刀(長一尺二分、白鞘)
  • 兼吉短刀(長九寸五分、白鞘)
  • 長船住裕定(長一尺四寸五分、白鞘)
  • 平安城貞光短刀 拵付
  • 堀川国広刀 拵付

    維新前故候爵(=有朋)佩用の愛刀なりしと云

  • 一文字吉平刀 白鞘
  • 国俊刀 拵付

 井伊伯爵家(彦根井伊家)

 谷森真男男爵家

 新田純孝氏

  • 容斎佩用短刀(一尺二寸餘)…菊池容斎、鄭成功所持竹刀(一尺七寸)
  • 鄭成功所持竹刀

    此竹刀は鄭成功の子宗爺が河内国金田村金田行義の家に寄寓せし時遺せしものにして、後年畫師空谷(下島空谷?)之を金田家より獲て、柴山大納言持豊卿より光格天皇の叡覧に供したりと云ふ、空谷是より天下一品竹刀翁の印を用ゆ、又芳野金陵の天下一品竹刀記あり

 本阿弥琳雅氏

光徳指料備前長重短刀等は幸に持出されたるが刀剣史料として最も貴重なる折紙代帳全部を失ひたるは痛惜の極みみなり

  • 折紙台帳…本阿弥宗家の台帳とも称すべきものにして、慶長より安政迄と、其後大正迄の書きつき約四十冊ありし、其内慶長元和間は一冊にて記録も簡単なりしが、寛永以後は詳細に記されたるものなりしと云

 後藤亀市氏

  • 金座後藤庄三郎光次の後
  • 東大寺天国(徳川家康より初代庄三郎拝領)

 村越庄左衛門氏(田原屋)

  • 備前兼光作軍太刀
  • 行光作脇差(目貫程乗作源平合戦弓流圖、笄同作七ゝ子地月に立浪圖)
  • 貞宗作脇差(目貫乗真作金双龍圖、笄徳乗作七ゝ子地虎圖)
  • 津田助広作大小刀(目貫笄後藤一乗作)
  • 長曽根虎徹作刀
  • 繁慶作刀
  • 水心子正秀作刀

 高津伊兵衛氏(にんべん)

  • 三條宗近短刀、其他刀剣 二十五本

 杉山茂丸

  • 実業家。長男は作家夢野久作。孫はインド緑化の父と言われる杉山龍丸、詩人の杉山参緑。

 古刀之部

  • 相模国正宗短刀(在銘、平造、号立田)
  • 相模国正宗短刀(無銘、平造、号吉野)
  • 筑後国元真刀(在銘、鎬造)
  • 筑州住弘行剣 同
  • 備中国住人貞綱刀(在銘文永四年十月十六日)
  • 備中国貞次短刀(在銘元弘元年二月日 平造)
  • 相州住秋広大平造脇差(在銘貞治三年二月日、堀尾吉晴所持、埋忠名鑑所載)
  • 平戸住盛広短刀(在銘建武五年二月日)
  • 西蓮刀(在銘、菖蒲造)
  • 伊勢国村正刀(在銘、鎬造)
  • 伊勢国村正短刀(在銘、平造)
  • 和泉守兼定刀(在銘、鎬造)
  • 和泉守兼定脇差(在銘、鎬造)
  • 備前国盛光短刀(在銘応永二十年二月日)
  • 和泉守兼定短刀(在銘、号朝霧)
  • 兼氏刀(無銘、鎬造、酒井家伝来)
    • 以上各拵付箱入
  • 因州住景長短刀(在銘、平造)
  • 青江吉次刀(在銘、鎬造)
  • 長谷部国信短刀(在銘、平造)
    • 右二口は山岡騎兵大佐が賞て明治天皇御手づから拝領せし由緒附なり 右三點は拵半途

 新刀之部

  • 肥前国近江大掾忠廣刀(在銘、鎬造)
  • 肥前国近江大掾忠廣短刀(在銘、平造)
  • 丹波宇吉道刀(在銘、鎬造)
  • 丹波宇吉道短刀(在銘、平造)
  • 肥前国忠廣刀(在銘、鎬造)
  • 肥前国忠吉短刀(在銘、平造)
  • 長曾祢虎徹刀(在銘、鎬造)
  • 長曾祢虎徹脇差(在銘、鎬造)
  • 国広刀(二字銘、鎬造)
  • 国広短刀(二字銘、平造)
  • 日本善清堯脇差(鎬造)
  • 出羽大掾国路大刀(在銘長三尺三寸五分)
  • 越前康継刀(在銘、鎬造)
  • 越前康継脇差(在銘、鎬造)
    • 以上各拵付箱入

 小倉陽吉氏(網屋

  • 刀多数(模造刀含む)50本以上

 小宮次郎氏

  • 先代親文氏遺愛の刀剣の内、三十六振を消失せり、その内小笠原家伝来のものを左に掲く
  • 備前兼長刀、志津刀、備前宗光勝光合作刀、備前景光刀、左刀

 和田幹男氏

 松平頼寿伯爵(高松松平家)

  • 長光太刀

    銘表備前国長船住左近将監長光造、裏永仁六年十一月日
    長二尺三寸六分、三代目頼豊幕府より拝領

  • 兼光短刀

    銘表備州長船兼光、裏文和三年三月日、長八寸二分

  • 左文字刀

    無銘、表裏樋あり、長二尺二寸六分、先祖頼重指料、始め家康の差料なりしと云ふ

  • 左文字短刀

    銘表左、裏筑州住、八寸一分五厘、十一代頼聰差料

  • 一文字太刀

    銘表一、二尺三寸五分

  • 包清両鎬大身槍

    銘表讃岐国高松住文殊四郎包清作、裏元文五年八月日、身長一尺八寸一分

 岡部長職子爵

  • 盛家刀(在銘、拵付、二尺五寸)、兼光短刀(在銘、拵付)、青江刀(無銘、二尺四寸)

 黑河龍三氏

  • 氏は黑河(黒川)春村の孫にして、家に淺草菴傳來其他の古書を藏したるが、其の大部分を焼亡したり
  • 淺草菴初代市人畫像
  • 同 二代守家畫像
  • 同 三代春村畫像 福島隣春筆
  • 蜀山人畫像
  • 春村自筆稿本

 加藤藤泰子爵

  • 相州廣次槍

    在銘 長一尺二寸 経一寸
    先祖光泰の朝鮮役に此槍を以て功名を為したるものにて林鷲峰の討韓槍記あり

  • 備前安綱刀、千手院重弘太刀、備前家真刀、忠光刀

 柳沢徳忠子爵(越後三日市藩柳沢氏)

  • 先祖式部少輔時睦は美濃守吉保の三男にして、綱吉将軍の寵を受け、拝領品少なからずありよしなるが、就中左記の名刀は尤も惜まるゝものなりしと云ふ
  • 備前兼光

 大久保忠春子爵

 徳川圀順侯爵家(水戸徳川家)

  • 同家は宝蔵一棟助かりて書画茶器の類は幸に無事なりしが、他の一棟に於て刀剣の全部を焼燬(しょうき)したり、その総数約一百六十餘口、拵の小道具類全部約二千點と註せらる、刀剣被害の大なるは同家を以て最となす、但しその記録は文政年間に編纂せられたる「武庫刀簒」に詳記せられ、又其の圖画も頗る精密なり、今同書に依て重要なるものを摘録す
  • 児手柏

    包永刀號児手柏 在銘
    中心ニ兵部大輔藤孝磨上之異名號児手柏天正二年三月十三日ト彫付有之
    長二尺三寸 鎺元一寸 横手下七分 厚二分四厘 反七分
    有事故而神祖授與之
    傳云、細川幽斎所蔵、刀之左右鍛磨之光彩不同、猶柏葉之向背色異、故名之曰児手柏、幽斎毎戦帯之、必勝、故献之神祖、神祖関原之役佩之、悉平賊徒

  • 物懼(ものおじ)

    長銘表裏に有之平ニ棒樋有
    長二尺三寸二分 鎺元一寸二厘 横手下七分二厘 厚二分六厘 反九分五厘

  • 勅作 中心ニ菊ノ彫物有

    長二尺三寸五分、ハバキ元八分半、横手下五分、反七分、後鳥羽帝親所鍛也、其寳記縉紳之書也(禁裏より拝領する所にして、水戸家第一の宝刀なるのみならず、菊御作中の第一品なりしといふ)

  • 備前長光打刀号香西(香西長光

    長一尺八寸九分半 鎺元一寸一分 横手下八分一厘 厚二分二厘 反七分
    傳云、泉摂丹阿讃守護細川政元臣香西又六者所蔵、故號之曰く香西、又六與敵兵戦、其首與兜同斫破之
    (此刀香西又六元長歿後、松永弾正久秀之を獲て織田信長に献し、後ち豊臣秀吉に傳はり、秀頼之を豊國神社に奉納せしを、徳川家康に移りて頼房に賜ひたりと云ふ)

  • 備前光忠刀号池田(池田光忠

    元禄折紙代金子十五枚
    長二尺六寸二分 鎺元一寸五厘、横手下七分 厚三分 反一寸一分

  • 國光刀號新躬(新身国光)

    代金子七十五枚 長八寸九分 鎺元九分 厚二分五厘
    (家康の指料にして頼房へ譲られしものなり)

  • 正宗刀 在銘 昇降龍の彫あり(上下龍正宗

    長八寸三分 鎺元八分九厘 厚二分二厘
    傳云、豊関白所蔵、有吉光義弘等之名刀、正宗亦其一也、大坂之敗也、悉皆罹兵火、公家拝賜之、乃命剣工越前康継更焠其刄云

  • 貞宗短刀號宗喜(宗喜貞宗

    代金百三十枚札有
    長八寸三分半 鎺元八分 厚二分
    寛永十九午年十一月十三日大君(頼房公)水戸に御暇被仰出、御登城乃處於榮中大樹(家光公)より御拝領
    傳云、治部少輔石田三成茶道僧宗喜者所蔵故名之

  • 備前光忠刀號燭臺 無銘(燭台切光忠

    長二尺二寸三厘 鎺元九分九厘 横手下七分三厘 厚二分二厘 反五分
    傳云、仙台侯政宗近侍之臣有罪、隠于褐銅燈架之陰、政宗之斬之 燈架倶落、故名之曰燭臺斫、燭臺之燈架之俗称也
    義公賞臨于政宗第、正宗持此刀語其由、終乃置之座右、公将歸請是刀、政宗愛之不興、公乃強持之去云

  • 長光刀 在銘

    義公の差料 二尺五寸六分

ただし、「児手柏」「燭台切光忠」については、焼身の状態で徳川ミュージアムに保管されていることが判明した。

 藤堂高紹伯爵

  • 貞宗刀 (クワンヌキ)貞宗と称す

    銘表相州住人貞宗 裏朱書 脇坂兵部少輔所持

  • 大兼光

    豊太閤遺物

    ただし「大兼光」は明治2年以降に徳川本家に伝わり戦後徳川本家から処分され、現在は佐野美術館で所蔵されている。

 安田善次郎

  • 村正大刀、備前祐貞刀(残骸帝室博物館へ寄贈す)

 京極高光子爵

  • 遊就館に寄託中の刀三振、藩地豊岡にありし甲冑類の外は、軸物類約百點、刀剣三十餘振、馬具其の他を全勝したり、その内名物
  • 三條宗近大刀

 久世広英子爵

  • 備前長船盛景刀(在銘)、其他刀剣約四十口

 山本悌二郎

犬養内閣、田中義一内閣で農相
外務大臣の有田八郎は弟
号 二峯

  • 当時、関東を代表する愛刀家として知られた。
  • 中央刀剣会第五代会頭
  • 来国行

    長約二尺三寸五分 因州池田家伝来

  • 一文字則房刀

    長二尺二寸 折返し銘 号見かへり

  • 村正

    長二尺三寸五分 銘勢州桑名住村正 福地源一郎舊蔵

  • 左安吉短刀、来光包短刀
  • 備前長船兼光短刀

    號蓮華 讃州揚家伝来

 松原神社(佐賀県佐賀市)

  • 麹町鍋島侯爵家に保管中焼損し国宝失格
    国広の短刀、忠吉太刀については、大正14年(1925年)4月24日に旧国宝指定を解除されている。
  • 国宝短刀 銘国広

    長八寸 拵付 龍造寺隆信所用 鍋島治茂寄進

  • 国宝刀 朱銘行光 光室花押

    長二尺一寸八分五厘 鍋島直大寄進

 常磐神社(茨城県水戸市)

  • 本所區徳川侯爵家にて保管中罹災し国宝失格
  • 国宝大脇指 銘 備前長船住長義/貞治六年丁未十月

    長一尺九寸九分五厘 拵鐵造打刀 徳川斉昭所用 徳川圀順寄進
    此品庖丁長義と称す、是は刀身至て幅広く、重ね薄き故斯く称すと云ふ

 橋本元佑氏

  • 長曾祢興正大小(石黒花鳥拵付)
  • 長曾祢興正刀(代表的の上作) 時代拵付
  • 長曾祢虎徹
  • 国俊刀(無銘、光忠折紙付)
  • 建武兼光
  • 藤丸拵合口 中身建武兼光
  • 備前兼光短刀(延文裏銘)
  • 長谷部国信短刀
  • 来国次短刀(米田子爵家伝来)
  • 武蔵大掾忠広刀
  • 其他則重、兼元、国光、祐定等各短刀


 資料「罹災美術品目録」国華倶楽部 編 昭和8年

 宮内庁記録

 天気との関連

  • この9月1日には、台風(現在の単位で997hPa)が北陸地方を通過しており、関東地方でも発生直後の12時には台風に向かって南南西12.3メートルのやや強い風(風に向かって歩きにくい、傘がさせない状態)が吹いていた。
  • 台風の移動に伴い、風は西風から北風へと変わっていき、夜には最大風速22メートル(何かにつかまってないと立っていられない、細い木の幹が折れ、看板が落下飛散する恐れのある状態)まで強まった。
  • こうして発生した火災が強風で煽られたため、被害がさらに広まることになったという。

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