明治天皇

明治天皇(めいじてんのう)  

第122代天皇
諱は睦仁(むつひと)、御称号は祐宮(さちのみや)
孝明天皇の第二皇子
生母は権大納言中山忠能の娘中山慶子

  • 嘉永5年9月22日(1852年11月3日)13時頃、京都石薬師の中山邸にて生誕。安政3年(1856年9月29日)に宮中に移るまで中山邸で育つ。
  • 万延元年(1860年)7月10日、儲君(皇太子)と定められ、准后・九条夙子の実子とされる。9月28日、親王宣下を受け、睦仁という諱名を賜る。

伏見桃山陵  

  • 明治天皇の陵は、京都市伏見区の桃山にある。
  • 陵の敷地はかつて豊臣秀吉の築いた伏見城(木幡山伏見城)の本丸跡地であり、京都、奈良、大阪が一望できた。生前、この地をお気に召された天皇は、遺言によりこの地に埋葬することを望まれたという。
  • 大正天皇以降、皇室の陵墓は武蔵陵墓地(多摩御陵)に造営されており、京都(畿内)の地に埋葬された最後の天皇となった。

愛刀家  

  • 明治天皇は愛刀家で知られ、数々の逸話が残る。

愛刀  

  • 古刀新刀を含め、業物300余振に及んだという。
  • 菊の御作を始め、鬼切丸、蜘蛛切丸、鵺丸、霜降丸、小雨丸、千種丸、隼丸などが由緒ある刀と伝わる。
  • これらを御宝物庫に蔵置した。

御枕刀  

  • 御内儀御寝の間には備前長船長光作で黄金造りの太刀が置いてあった。
  • 奥の御座所には、昼御座剣が備え刀であった。
  • 表の御座所には、元田永孚献上の菊御作、徳川家達献上の名物宗瑞正宗、加納夏雄・香川勝広作の黄金拵えの大小のほか、多くの名刀が置かれていたという。

献上品  

  • 愛刀家で知られた明治天皇には、巡幸のおりなどに各家から名物が献上されている。
尾張藩徳川慶勝
岡山藤四郎
正倉院北倉
水龍剣(聖武天皇御剣、明治5年)
大久保一翁
小竜景光(明治6年、山田浅右衛門家)
仙台藩伊達宗基
鶴丸国永(明治9年)
南部利淳
道誉一文字
徳川宗家
鬼丸国綱本阿弥家、明治14年)
上杉家
徳用守家、備前国宗(明治14年)
前田家
平野藤四郎篭手切正宗(明治15年)、北野江(明治43年)
宗義達伯爵
小烏丸小鴉丸、明治15年)
土岐頼近
獅子王(明治15年)
有栖川宮熾仁親王
会津正宗(明治18年)
徳川家達
若狭正宗(?)、鍋島藤四郎(明治20年)、宗瑞正宗(明治28年)
侯爵池田家
毛利藤四郎浮田志津(明治24年)
田中光顕
鶯丸友成(明治40年)、土岐家旧蔵一文字助宗(明治28年1月14日)
広島浅野家
一文字則宗(明治27年)
福山阿部家
綾小路定利(明治28年)
姫路藩酒井家
古備前友成(明治36年)
伊藤侯爵家
(明治42年伊藤博文暗殺後)豊後行平、古備前正恒、備前順慶、備前長光、保昌貞吉、相州行光、筑前左など。
益田孝
岡田切(大正天皇へ献上)
小浜藩酒井家
三条小鍛冶宗近太刀(現御物

常用刀  

  • 前田侯爵家より献上の篭手切正宗、田中光顕子爵献上の福岡一文字助宗、阿部侯爵家より献上の綾小路定利、天皇ご下命による月山貞一作など。
  • 中でも、和泉守国貞井上真改)の菊紋入り、若狭守氏房、飛騨守氏広、粟田口吉光の鬼丸造などを太刀拵にして常用したという。
  • また国広、武蔵大掾忠広、近江守忠綱、和泉守兼重、丹波守吉通、山城守国次などを軍刀拵にしていたという。