中島喜代一

中島喜代一(なかじまきよいち)  

日本の実業家
中島飛行機の2代目社長

生涯  

  • 兄は中島飛行機の創業者中島知久平。
    中島知久平は、海軍機関学校を卒業後、海軍大尉。海軍大学校を卒業し、米国において日本人で3人目となる飛行士免状取得し帰国。のちの中島飛行機を設立し、衆議院議員となる。豊富な資金を元に立憲政友会で派閥を形成し、第1次近衛内閣の鉄道大臣、東久邇宮内閣で軍需大臣および商工大臣を歴任する。戦後A級戦犯に指定されるが、2年後に解除。昭和24年(1949年)脳出血により泰山荘にて死去。
  • 高等商船学校の航海科卒業。
  • 大正9年(1920年)に中島飛行機に入所。
  • 昭和元年(1926年)東京工場長となる。
  • 昭和5年(1930年)に長兄知久平が第17回衆議院議員総選挙に立候補して当選したのを受けて、翌年から喜代一が中島飛行機製作所の社長となる。
  • 終戦後、中島飛行機は富士産業株式会社と改称する。
  • この頃商工大臣であった兄の知久平から、日本刀は武器とみなされ一般命令第一号により日本に進駐してきたGHQによって没収されるという話が漏れ伝わる。中島喜代一はそれを本間順治らに連絡している。これが元となっていわゆる日本刀を美術品としてみなし保存する動きが始まる。※詳細は「赤羽刀」の項参照
  • 富士産業株式会社は、昭和25年(1950年)に財閥解体される。しかし昭和27年(1952年)4月サンフランシスコ講和条約が発効後に富士重工業株式会社となった(2017年に株式会社SUBARUへ改称予定)。


刀剣  

  • 中島喜代一は昭和初期の頃から刀剣蒐集を行っている。
  • のち本間順治、石黒久呂につき国宝級の名刀を集めた。
三日月宗近
徳川家旧蔵、のち渡邊三郎氏所持となっている。天下五剣国宝東京国立博物館所蔵
亀甲貞宗
徳川家旧蔵、のち渡邊三郎氏所持となっている。国宝東京国立博物館所蔵
稲葉郷
作州津山松平家伝来。国宝。個人蔵
石田正宗
作州津山松平家伝来。重要文化財東京国立博物館所蔵
村雲江
将軍家から柳沢家、伊藤悌治旧蔵。昭和9年(1934年)12月二〇日重要美術品指定。昭和27年(1952年)重要文化財指定。個人蔵
薙刀
銘「備前国長船住人長光造」、旧蔵松平康春子爵。昭和16年(1941年)1月30日。
  • これら名物以外にも多数の刀を所持した。
太刀
太刀 銘 助次。昭和8年(1933年)10月三一日重要美術品指定。小倉陽吉旧蔵。
太刀
銘 行秀。昭和10年(1935年)5月10日重要美術品指定。島田利三氏旧蔵。
太刀
無銘 傳包平。昭和10年(1935年)8月3日重要美術品指定。子爵松平忠正旧蔵。
無銘 傳菊御作。昭和10年(1935年)8月3日重要美術品指定。子爵松平忠正旧蔵。
太刀
銘 国宗。昭和10年(1935年)8月3日重要美術品指定。富山県近郷重孝氏旧蔵。
太刀
銘 備前國長船兼光/延文元年十二月日。昭和10年(1935年)8月3日重要美術品指定。兵庫県河瀬虎三郎旧蔵。
太刀
銘 包永。昭和14年(1939年)2月22日重要美術品指定。兵庫県河瀬虎三郎旧蔵。
太刀
銘 則房。昭和14年(1939年)2月22日重要美術品指定。東京府子爵松平康春旧蔵。
金象嵌銘則重 本阿(花押)。昭和15年(1940年)2月23日重要美術品指定。東京府子爵松平康春旧蔵。
太刀
銘 国宗。昭和15年(1940年)2月23日重要美術品指定。東京府子爵松平康春旧蔵。
太刀
銘 眞恒。昭和16年(1941年)9月24日重要美術品指定。東京府子爵松平康春旧蔵。
無銘 傳 兼永。昭和16年(1941年)9月24日重要美術品指定。東京府小倉陽吉旧蔵。
  • 子爵松平康春は、美作津山藩主松平康民の子。「童子切安綱」「稲葉郷」など多くの刀剣が伝わったが、中島喜代一を経てこの多くが渡邊三郎氏所持となり、渡邉氏の死後子息から東京国立博物館に寄贈された。

関連項目