式部正宗


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 式部正宗(しきぶまさむね)


磨上無銘
名物 式部正宗
二尺二寸七分
焼失

  • 享保名物帳所載

    式部正宗 磨上長二尺二寸七分半 代金七百枚 松平大和守殿
    榊原式部少輔所持、家康公へ上る、中切先表樋切込ありこぼれの響あり、寛文八年七千貫、元禄右の代になる

  • 表裏に棒樋、物打ちのちり角に1か所切り込みがあり、敵の刀の刃が食い込んでいる。
  • 鋩子は小乱れ、焼き詰め。中心は大磨上無銘、目釘孔3個。

 由来

  • 徳川四天王榊原康政(従五位下・式部大輔)の所持にちなむ。

 来歴

 中村一氏

  • はじめ中村式部大輔一氏の所持。
  • 子の一忠が慶長14年(1609年)に死ぬと断絶したため、正宗も同家を出た。

 榊原康政

  • その後榊原式部大輔康政が入手する。

 将軍家

  • 将軍家に献上。
  • 寛文8年(1668年)に七千貫の代付け、宝永3年(1706年)卯月3日付で七百枚に上がった。

 松平基知

  • 将軍家から売りに出された経緯は不明だが、正徳2年(1712年)12月には、奥州白河藩主松平基知(直基系越前松平家3代)が2729両3分2朱という途方も無い金額で売買した記録が残っている。(2375両2朱ともいう)
  • 藩財政改善のため年貢の取り立てを厳しく行ったため、白河藩では享保4年(1719年)には全藩規模の百姓一揆が発生している。

 松平大和守家代々

  • 同家は何度か転封され、直基系越前松平家5代のときには武蔵川越藩に転封となり、松平大和守家に伝わる。
    元は前橋藩。利根川の洪水被害により、明和4年(1767年)閏9月15日に居城藩庁を前橋から川越に移した。
  • 幕末、時の殿様(松平直克か)の差料となったが、差料とするためには大小を揃える必要があり、正宗に合うほどの脇差が手に入らなかったために備前盛光の作を脇に指したという。
  • 昭和10年(1935年)8月3日に重要美術品指定。松平直富伯爵所持。
  • 昭和20年(1945年)5月の東京大空襲で5つあった土蔵は灰燼に帰し、この式部正宗のほか、御手杵の槍など名宝が消失した。

    処があの二十年の五月二十五日の空襲で、一度は御蔵から出し防空壕に入れて助けたのだそうであるが、更に御蔵に入れるという結果から見ての不手際から見る影もなく焼いて了ったのである。その丁度一週間程前に、同家の御家職の厚木という方が私共の疎開地に来られ、式部をはじめ全部お預かりする事に相談して置いたのであるが、連日のはげしい空襲の為にそれも成し得ず、遂にあんな結果になってしまったのである。(中略)
    そして町中の研磨場で働いて居た宮形氏がこの弟子を連れて私共の家まで来て、「先生、之を此の儘鑑定して下さい」と焼身を七本出し、その中の一本を示したのである。「何か相州物の上位のものじゃあないかな」「之が式部なんですよ」「ええ」という様な次第で、側に居た私も仰天して了った。御邸でも、又私共もあれ程大切にして来たのが、今見ると無残な姿で机の上にのって居る。そして「お邸で何とか焼直せないでしょうかという事なんですが」と附加えた。処が物打の辺が横手幅の半分程も焼けて朽込んでしまっていて、何うにもなりそうもない。(中略)
    刀身の修正に非凡の技術を持ち、あくまでも強気の流石の宮口(引用注:刀匠)も、如何とも成し難いとの結論を述べて居たのであって、こんな様な次第で万策尽きてしまったのである。
    此の時の七本というのは式部正宗と則光の大小、宇多国宗、南紀重国の大小、相州行光と盛光の大小、それに三条吉家太刀で、この外にお手杵の槍があった。之迄にお邸では数々の名刀を整理して出してしまい、これだけが残って居たのでこの七本は皆出来の優れたもの許りであった。(中略)
    その焼身は相当に長い間伊勢原の私共の家に御預りしたのであるが、如何にしても残念で堪らず、火膚のみは一所懸命取り去ったが、最早昔日のあの刃文も、あの美しい刃色も全然見られなかったのは当然である。私自身にしても自分の祖先を一時に焼失してしまった様な気がして。
    (名刀後日譚 本阿弥光博)

 レプリカ

  • 2016年、松平直基が創建した前橋東照宮において、この「式部正宗」の復元プロジェクトが開始されたとアナウンスされた。前橋在住の刀工高橋恒厳氏と、師匠の上林恒平氏が鍛刀するということである。
  • 2020年4月26日、「第3回 前橋藩主 松平大和守家顕彰祭」にて初お披露目される。



 式部正宗


刃長二尺三寸一分
金象嵌 榊原式部太輔上之

  • 松平大和守家伝来の二尺二寸七分とは別物の正宗
  • こちらは昭和まで都城島津氏に伝来するが、太平洋戦争で焼失した。
  • 榊原正宗」の項参照。

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