三条派

三条派(さんじょうは)  

宗近─┬─吉家[寛弘]
   │
   ├─有国[寛弘]─兼永[長元]─┬─国永[天喜]
   │               ├─兼次[永承]
   ├─宗則            └─兼安[永承]
   │        ┌─眞國[延久]
   ├─眞利[長久]─┤
   │        └─宗永
   ├─宗利───宗忠         助宗[平治]
   │                 宗親
   └─近村[長久]          守家

※諸説あり。[]は推定活動年間
※古刀期の刀工の相互関係については、紀年銘などからの類推が多くほとんどわかっていない。

代表的な刀工  

三条宗近  

三条吉家  

  • 宗近の子、あるいは宗近の隠し銘とも。
  • 天暦7年生まれ、治安3年没、71歳。東三条に住し、鵜丸の作者として名高い。鴉丸、鶫丸(つぐみまる)、鶚丸(みさごまる)などの作者とするのは鵜丸の誤写とされる。
  • 可然物の選に入るのは、三条吉家ではなく備前吉家とされる。
鵜丸
白河上皇の御剣
佐竹鵜丸(さたけうまる)
秋田城主佐竹家伝来。もとは奥州岩城城主岩城家重代の宝刀。寛永10年(1633年)9月21日、秋田城火災の際に消失した。
太刀
銘「吉家」長二尺四寸五分三厘。鎬造、庵棟。侯爵蜂須賀正氏蔵
太刀
銘「吉家」長一尺七寸三分、反り五分三厘。鎬造、庵棟。瀬戸保太郎氏蔵
太刀
銘「吉家」長69.4cm、反り2.2cm。鎬造、庵棟。なかご棟寄りに小振りな二字銘。信州松平家伝来。昭和16年(1941年)7月3日重要文化財指定。林原美術館保管所蔵
太刀
銘「吉家作」長74.5cm、反り2.3cm。細身、小鋒、刃文小乱。鎬造、庵棟。区を少し磨上。ほとんど生ぶ中心、先は切。目釘孔3個。表棟寄りに三字銘。昭和14年(1939年)5月27日重要文化財指定。京都国立博物館所蔵
太刀
銘「吉家」昭和8年(1933年)1月23日重要文化財指定
太刀
銘「吉家作」長70.3cm。鎬造、庵棟。目釘孔3個(下切れ)。なかご磨上。昭和17年(1942年)6月26日重要文化財指定。公益財団法人香雪美術館(兵庫県)
太刀
銘「吉家」昭和27年(1952年)3月29日重要文化財指定
太刀
銘「吉家」昭和30年(1955年)2月2日重要文化財指定。個人蔵
太刀
銘「吉家作」二尺五寸五厘。小切先。生ぶ中心。島津家伝来。同家記録では「安永元年(1772年)辰十一月、浄岸院御逝去ニ付二十代藩主島津重豪に御遺物として進め被され候」。金梨地葵紋蒔絵で勝色糸巻拵が附く。※浄岸院とは、権大納言清閑寺熈定の娘。綱吉及び吉宗の養女となり、のち薩摩藩第5代藩主島津継豊の継室となる。嫡母として宗信の養育や義理の孫に当たる島津重豪の養育に携わる。浄岸院の死後、その遺言として、島津重豪の娘、広大院茂姫と11代将軍徳川家斉(婚約当初は一橋家世子)との縁組が行われた。

三条近村  

三条在国  

三条吉則  

太刀
銘「三条吉則作」長二尺五寸二分。鎬造り、庵棟、。鋩子小丸。遊就館所蔵

五条派  

  • 三条宗近の門人と伝わる兼永が京の五条に住した事によりこの名がある。
  • 兼永、国永、兼次、兼安などの刀工がいると伝わる。

五条兼永  

太刀
無銘傳兼永。二尺二寸八分、反り一寸五厘。鎬造、庵棟。鋩子乱れこむ。濱田新七郎氏蔵
太刀
無銘傳兼永。二尺四寸八分五厘、反り八分三厘。鎬造、庵棟。鋩子乱れこむ。鳥居寛治氏蔵

五条国永  

  • 宗近の門人三条在国の次男で、兼永の弟という[古今銘尽]。
    • 三条兼永の子とも
  • 通称孫太郎、太秦と称す初め兄兼永とともに五条に住したという。
  • 能阿弥本銘尽によれば、「彼国永ハ保元ノ乱時 村上ノ太郎長持是ヲハク」とあり、長暦年間よりは後の活躍と見られている。
  • 注進物に選定される
  • 銘:国字のクニガマエの中が×に一となる。”と”の形になったものを珍重する
  • 代表作に鶴丸国永、竜胆丸、陵丸、菊丸