新田義貞
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新田義貞(にったよしさだ)
鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての御家人・武将
左馬助、播磨守、越後守、左衛門佐、左兵衛督
正四位下左・近衛中将
小太郎
生涯
- 正安3年(1301年)~正安3年(1301年)
- 幼名は小太郎(こたろう)。
名刀の行方
- 義貞は越前藤島城で自害するが、名刀二振りは越中住人氏家伊賀守重国の手により斯波尾張守高経へと献上され、鬼丸国綱の方は足利将軍家へ渡ったとされる。
- 鬼切安綱(鬼切丸国綱)は、その後奥州探題斯波家兼の手を経て斯波兼頼から最上家重代の家宝として伝わったという。
関連項目
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