このサイトについて

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このサイトについて  

  • このサイトは、日本の歴史に登場し日本史を彩る、名刀や名器、説話上の人物などを集めた幻想辞典です。
  • このサイトでは教科書で習う史実とは相容れない事柄も拾い、日本の歴史を彩る様々な事象を掘り起こします。
  • 日本史は戦国大名や公家による政治経済だけで構成されているわけではありません。歴史とは人間の生きてきた結果であり、日本の歴史には日本文化を象徴するような日本刀名物名物茶器、さらに説話などに登場する魅力的な人物や妖怪など実に多様なものが登場し、そうした雑多なものが日本の歴史を彩り、より味わい深いものにしています。
  • 教科書とは別の視点で日本史を見ると、年号や出来事だけを記憶し表面的に政治経済史を追いかけているだけでは決して出会えない人物や、思いがけないつながりを発見することがあり、これほど楽しい瞬間はないと考えます。
  • それはまたより深く日本の歴史を学ぶことでもあり、わたしたちの生まれた日本そのものを知ることでもあります。こうして得た知識は、きっと他者を理解するきっかけとなり土台となると信じています。それこそが歴史を学ぶことの真の意味ではないかと思います。
  • 英語のhistory(歴史)は、「探求して学んだこと、知り得たこと」を意味する古代ギリシャ語のhistoriaに由来します。
  • 当サイトが、歴史に親しみを持ち理解が深まるきっかけになれば、これに勝る喜びはありません。


おことわり  

記載内容について  

  • 当サイトは現在進行形で更新中の個人運営サイトです。
  • タイトルを「幻想」としていますが、勘違いや誤字を除き創作は一切ありません。出来る限り誤りをなくすべく努力を続けていますが、なにぶん扱う対象が伝承上のものが多く、また資料が散逸しており、かつ資料間の不整合も多々あるため完全な状態ではありません。商用雑誌の原稿や学術論文ではなく、また閲覧にお金を頂いているわけでもありませんので、一言一句に拘り完璧なものをお求めの方は、商用雑誌や論文等をご参照下さい。
  • 個々人の主観が入る部分において「これは○○が正しい」「ここはこう修正すべきだ」というご指摘やご意見は望みません。資料などで確認できる明らかなミスについては、こちらで確認出来次第すみやかに修正します。
  • また「この部分の確かな根拠を明らかにして欲しい」というご要望は一切受け付けておりません。一般的なレベルにおいて名刀や名器に関する知識を得たいという方向けには、こちらで必要と考える範囲で出典を明記し、かつ該当箇所を引用しています。何らかの理由でそれ以上の情報を必要とする方は、ご自分で学術論文や原典類をあたって頂ければと思います。
    大半を占める、いわゆる享保名物については詳註刀剣名物帳がインターネットで参照可能です。
  • 百年以上前の書籍の原文引用をする場合がありますが、一部現代の感覚では許されない、または不気味に感じる表現を含む場合があります。しかしこれらを現代の視点や感覚で除去あるいは訂正してしまうと原文の持つ時代感覚が失われ、登場人物の意図や想いがわからなくなり、結果的に無味乾燥なものになりかねないと考え、可能な限り原文のまま引用しています。
  • また引用文への注釈を付ける際などに、現代の日本人が理解しやすい文体・内容に改める場合がありますのでご了承下さい。
  • 当サイトからの無断引用はおやめ下さい。とくにblockquoteでの引用部分以外は、個人的主観に基づいたいわゆる独自研究部分が多く、また頻繁に更新を行いますので引用されてもすぐに齟齬が生じ混乱を起こす元となります。blockquote部分についても、誤りを含む可能性がありますのでできれば原典をあたっていただくほうがいいかと思います。


所有者情報について  

  • 現在の所有者に関する項目は、基本的に公開情報に基づき記載しております。
  • 中には博物館や美術館ではなく、一般法人や個人が所有している場合があります。業務などに支障をきたすことが考えられますので、展示・公開情報について所有者様に問い合わせることは、絶対におやめください。
  • また国宝・重文については、公開に関する取扱事項(国宝・重要文化財の公開に関する取扱要項の制定について)が文化庁から出されており、所蔵館ではこれらの制限などを考慮しつつ年間の展示計画を立てておられます。むやみに公開の要望をすることは、かえって対象の国宝・重文の痛みを早めることにもなりかねません。
  • これまで数百年間大切に保存されてきたからこそ現代の我々もそれを見ることができるのであり、このかけがえのない大切な文化財を次世代に引き継いでいくことにも意識を向ける必要があると考えます。

尺について  

  • 刀剣の長さについては、一般的な刀剣書にあわせて刃長のみをローマ数字表記(1尺、2尺)しています。一部に現存して反りなどについてもセンチ表記が判明しているものについては、センチ表記をしている場合があります。これらは国宝または重要文化財指定品で、博物館所蔵で頻繁に展示されているものです。

    太刀
    銘光世作(名物大典太めいぶつおおでんた)
    刃長65.1cm、反り2.7cm、元幅3.5cm、先幅2.5cm。

  • 漢数字表記(一尺、二尺)のものは、現存しないかまたは、明治大正以降世に出ていないためにサイズが判明していないものです。この場合、享保名物帳や各種押形記載のサイズになります。※一部資料が乏しくこのルールに沿っていないものもあります。

    太刀
    包永作
    天正二年三月十三日/兵部大輔藤孝磨上之異名号児手柏
    二尺二寸八分

    これをセンチ表記に直したところで、昔の寸尺は正確ではなく無意味なため。

  • なお刀というものは高度に手入れが必要なものであり、その上、とくに数百年を経たものは途中の「研ぎ」によりサイズが減って来るものです。また明治時代に1尺を国際メートル原器の33分の10の長さと定めるまで、現代のコンマミリ単位尺度での厳密な長さはわかりません。刀剣書によっては絵図から想定でサイズを割り出している記述も見受けられます。さらに軍記物に登場する数値は誇張が多く含まれており、注意が必要です。
  • 現存し、かつ高度なメンテナンスが行われている国立博物館所蔵品などでなければ、正確なサイズは判明していないものとお考えください。


年号について  

  • 例えば「本能寺の変」が起こったのは、旧暦表記では「天正10年6月2日未明」であり、現在わたしたちが使っている新暦表記では「1582年7月1日」となります。
  • しかし、年号だけではいつの時代なのかがわかりづらいため、当サイトでは日付を記載する際に年のみを()内に新暦表記し、月日は旧暦のままとしています。本能寺の変の場合、「天正10年(1582年)6月2日」となります。
  • 月日を旧暦表記とするのは、月の満ち欠けが生活に密着していた昔の事柄を理解するのに旧暦(太陰太陽暦)表記が向いているためです。
  • 「本能寺の変」が発生した旧暦の2日は「新月」の時期ですから当然夜は真っ暗に近い状態です。常夜灯のない当時、夜は暗闇に包まれていたため、隠密軍の移動には適していたと考えられます。それが今も日本史上最大の謎とされるクーデターを、明智光秀が決断した原因のひとつともいわれています。
  • 光秀が月の中頃に中国方面への援軍を命じられていたら、もしかしたら歴史は変わっていたのかも知れません。

    六月朔日、夜に入り、老の山へ上り、右へ行く道は山崎天神馬場、摂津国の皆道なり。左へ下れば、京へ出づる道なり。爰を左へ下り、桂川打ち越し、漸く夜も明け方に罷りなり候。

  • 光秀軍が丹波亀山城を出発したのは旧暦6月1日、まさに新月の夕方。先頭をいく騎馬武者のみが大松明を掲げ、その後を数千の明智兵がしずしずと付き従ったといいます。老ノ坂峠を越し、京の町へ下っていった時の明智光秀の心境はいかほどのものだったのでしょうか。




寄付  

  • 本サイト「名刀幻想辞典」を応援したいという方がいらっしゃいましたら、「info'@'meitou.info」宛にAmazonギフト券でも送って頂けると幸いです。資料購入などに充てたいと思います。

    https://www.amazon.co.jp/dp/B004N3APGO/

    なお上記アドレス宛にサイト内容などについてのお問い合わせをいただいても返信はいたしません。


お問い合わせ  

  • サイト「名刀・名器の伝説 - 名刀幻想辞典」へのお問い合わせや広告掲載等のご連絡は、下記メールフォームにてお願いします。
    2015年4月25日~5月10日までメール受信できていない状態でした。この期間にお問い合わせされた方、大変申し訳ありませんが再度お問い合わせのほどお願いします。

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