丙子椒林剣


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丙子椒林剣(へいししょうりんけん)  

直刀
刃長65.8cm
四天王寺所蔵、東京国立博物館寄託

  • 上古刀
  • 切刃造りで、反りのない直刀。現代の刀剣用語では「大刀」に当たる。
    ※「剣」は両刃で左右対称形のもの。
  • 中心四寸六分、刃長二尺一寸五分。
  • わずかに内反り、切刃作り、魳切先。
  • 佩き表の鎺元近くに、「丙子椒林」と金象嵌。

由来  

  • 腰元の平地に隷書体の「丙子椒林」の4字が金象嵌で表されていることによる。
  • 「丙子椒林」の解釈には諸説あるが、古くは「丙毛槐林」とし、丙毛は蘇我馬子、槐林は大臣の意であると伝えていた。
  • しかし新井白石がこれを「丙子」は作刀された年の干支、「椒林」は作者と解釈し、現在ではこの通りに解釈するのが一般的である。
  • 室町期にはすでに柄や鞘がなく、刀身だけとなっていた。
  • 江戸時代に新井白石が拝見し、栗原信充は写生をしている。池田綱政が参勤交代の道中を記した「丁未旅行記」にも登場する。

    阿倍野の松原を通るに。小町が墳とて幽かなる竹篁の中に在り。程なく万代の池を見て天王寺の裏の門より入りぬ。本堂とは太子の十六歳の木像なり。七堂伽藍残りなく見て。蓮池の傍らなる六坊の中明浄院と云ふ法師の寺に入り。暫時涼みぬ。此主僧は過にし年爰に詣で侍りける折。此處彼處案内せし法師なり。寶藏へ具して寶物見ぬものもあれば見せたき由を談れば。實に年久ければ慰めにも見よとて。案内して伴い行く。様々あれば書付て後のなぐさめにもと。傍らにて疂う紙矢立取出して書付侍りぬ。
    一、丙毛塊林(へいまうくわいりん)ママ)の太刀。(二尺二寸。鎺の上に此文字。古文字金ざうがんにてあり。守屋が首打たるよし)。
    一、七曜の太刀。(二尺五寸。鎺より切先まで星雲。鎺本に裏表に上下龍金ざうがんにてあり。太子の太刀なり)。

    上述した通り、この時代には「丙毛槐林」と読んでいた。なお冒頭の「小町が墳」は現在阿倍野区王子町4丁目3-29にある小町塚のことを指している。

  • 所蔵する四天王寺でも研磨の議が三回も起こったが、いずれもおみくじを引いた所「不可」と出たためそのままになっている。
  • 大正元年(1912年)9月3日、古社寺保存法に基づき旧国宝に指定。

    丙種
    刀劔 丙子椒林劔聖徳太子御劔 一口
    大阪府大阪市南區天王寺元町 四天王寺
    (大正元年 内務省告示第九號)

  • 終戦後、初めて小野光敬の手で研磨された。
  • 寺伝では聖徳太子の剣という、「七星剣」とともに大阪市の四天王寺に伝わる。