備前包平(刀工)

包平(かねひら)  

平安中期の備前の刀工
高平・助平とともに世に備前三平と称される
古刀最上作

  • 年代については、一条院の御宇、永延ごろが通説となっているが、久安(1145)、仁安(1166)ごろと見られている。
  • 藤原保昌の懐太刀が包平作といわれているが、それが正しければ平安中期頃となる。

 

  • 通常「包平」二字銘を切るが、国宝大包平は「備前国包平作」と長銘を切る。

代表作  

名物大包平
国宝日本刀の中でも最高峰との評価がついている
「蒲穂丸」
がまほまる。 後鳥羽院佩用と伝わる。小平丸、名政丸、釜歯とも
「簾丸」
すだれまる。もと後鳥羽院の御剣という。右大将源頼朝佩用と伝わる。狩場において簾の間においていたために簾丸と呼ばれた。のち北条時頼が粟田口国吉粟田口国光とも)にこれを模造させ、くわいけん(懐剣)と呼んで蔵した。
  • 他の頼朝佩用としては、「靫丸(うつぼまる?)」。籠手丸、小手丸。箱王丸など。
「袖切」
そできり。平重盛佩用の太刀。大和光末作ともいう。
癬丸
あざまる。悪七兵衛景清(平景清)佩用。「痣丸
藤原保昌の懐剣
 
「鹿丸」
しかまる。もと後鳥羽院の御見で「釜歯の太刀」と呼ばれた。のち源頼朝所持で「鹿丸」と改められた。または源頼朝の信任厚かった下河辺行平の佩刀ともいう。
「鈎切り」
 
稗穂
平重衡
「善鬼包平」
ぜんきかねひら。足利将軍家蔵刀。足利義視が応仁の乱を避けて伊勢に降る時、これと鬼神大夫行平、藤四郎吉光、小鍛治宗近、鳩作りなどを持っていったという。