八百比丘尼

八百比丘尼(やおびくに)  

Table of Contents
  • 「はっぴゃくびくに」
  • 人魚伝説で有名
    比丘尼とは出家得度して具足戒(ぐそくかい)を受けた女性のこと。尼僧。八百とはものの多いことの喩え。この場合驚くほど長命(一説に800歳)であったことを示す。
  • 「白比丘尼」とも

    古老云く往年聞く所の白比丘尼なり云々。白髪なるの間白比丘尼と号する歟云々

    この場合は「百」の字から「一」を引くと(取ると)「白」の字となり、百歳の手前=長寿を意味すると思われる。

物語  

  • 若狭国のとある漁村の庄屋の家で、浜で拾ったという人魚の肉が振舞われた。村人たちは人魚の肉を食べれば永遠の命と若さが手に入ることは知っていたが、不気味なためこっそり話し合って食べた振りをして懐に入れ、帰り道に捨ててしまった。
  • だが一人だけ話を聞いていなかった者がおり、それが八百比丘尼の父だった。
  • 家に持ち帰った八百比丘尼の父は人魚の肉をこっそり隠して置いたのだが、それを娘が見つけ盗み食いしてしまったため、娘は十代の美しさを保ったまま何百年も生きることになった。

    古へ、此辺に六人の福徳長者あり。時々参会して、宝物をくらべ争ふ。食膳も亦、珍奇を尽す。在時、海錯の中に人魚を料理す。五人の者は人魚をしらず。あやしき物とて不食之。其中の一人、人魚の肉五六片、懐之にして家に帰り、妻子に見せて捨んと思ひ、隠し置けるを、一人の女子、人魚は薬なる由を聞及び、窃に取て食しける。是より長命にして、八百年、此所に住すとかや。

  • 娘は結婚しても必ず夫に先立たれてしまい、そのうち父も年老いて死んでしまった。終いには村の人々に疎まれて尼となり、諸国を周って貧しい人々を助けたが最後には世を儚んで岩窟に消えたという。小浜市の「空印寺」にはこの比丘尼が入定したという洞窟が残されている。


  • 別の話によれば、村の長者たちが宝くらべをしていたときに見慣れない白ひげを生やした老人がひとりおり、その老人はもっと凄い宝を持っているというので、老人の家の裏の浜辺から美しい小舟に乗り込む。小舟は絹のような白い布が目隠しをするようにかけられ、ついた先には御殿があったという。
  • たくさんの宝物を見ているときに、ふと台所をのぞくと腰から上が女で腰から下は魚の尾びれのようなものを調理しているのをみつけてしまう。長者共は話しあってみなごちそうには手を付けなかったため、老人は人魚の肉をみやげとしてみんなに持たせた。
  • 長者たちは恐れて人魚の肉を海に捨てたが、ひとりだけ高橋(たかはし)長者だけが持ち帰り、戸棚の中に隠しておいたという。それを見つけたのが十五歳になる娘で、長者が寝てる間にこっそり食べてしまったために長生きをするという。
  • 娘は嫁いだ夫が年を取り老人になっても若いままで、別の男に嫁入りをすることを繰り返し、都合三十九人もの男に嫁入りをしたという。
  • その後村人からも疎んじられるようになった娘は尼の姿に身を変え、ゆく先々で白い椿を植えながら諸国行脚をした後ふるさとに戻ってくると、浜辺近くの洞穴のそばに白い椿を植え、穴に姿を消してしまったという。

柳田国男  

  • 民俗学者柳田国男は、「山島民譚集二」においてこの八百比丘尼について詳しく述べている。

    八百比丘尼は恰も右の大化と大同との中間に生まれた人でなければならぬ。何となれば比丘尼が山城の京に来て世人に囃されたのは正しく宝徳元年の夏である。此事実は当時の記録に三種まで見えて居る。先ず第一に臥雲日件録の七月二十六日の条には,近時八百歳の老尼若州より入洛す,洛中争ひ覩る,(略)次に唐橋綱光卿記の六月八日の条には,白比丘尼御所に参る云々,年八百歳の由申す,怪異の事也(略)此を以て見れば八百歳は証人の無い事称であって,殊に比丘尼の身を以て御所に参るに至つては頗る保守派の人々の同情を失ふ所以であつたとみえる。更に中原康富記の同年五月二十六日の記事には左の如く出て居る。曰く或は云ふ此二十日頃若狭国より白比丘尼とて二百余歳の比丘尼上洛せしむ。(略)伝説の方面に於ては先づ先づ世上の八百歳を信用して置くのである

  • ここで、大化(650年頃)と大同(810年頃)との中間に生まれたのち、宝徳元年(1449年)に上京したという伝承から、比丘尼が800年生きたことは信用が置けるという。

千年比丘尼  

  • 一説に800年ではなく1000年生きたのだという伝承もある。
  • さらにこの1000年の寿命を得た比丘尼が、身代わりに死んだために800歳になったという伝承まで存在する。それによれば、800歳の時、若狭の殿様の重病を悲しみ残りの寿命を譲ったという。

手塚治虫  

  • 手塚治虫の「火の鳥 異形編」にもこの八百比丘尼が登場する。

    とんど見崎の蓬莱寺に
    住まいさっしゃる尼御前(あまごぜ)さまは尼御前さまは
    いくさ(きろ)うて衆生(しゅじょう)をご加護
    やけど斬りきず万病平癒
    よわい八百歳(やおとせ)功徳は千歳(ちとせ)
    (しるし)みたけりゃ男もござれ女もござれ

  • ここでは、比丘尼の正体は戦国時代の成り上がり領主八儀家正の一子八儀左近介として登場する。八儀左近介は実は女性として生まれたのだが、八儀家正には他に子がなかったために世継の男子として育てられる。
  • 残忍で目的のためには人を殺すことを厭わない父を深く恨んでいた左近介は、父家正が鼻の病を患った時に治療を行わせないがために比丘尼の庵を訪ね、密かに比丘尼を殺害してしまう。
  • しかしその後帰ろうとしたところ、不思議なことに何度道を辿っても比丘尼の庵がある森から抜けられなくなってしまう。そうこうするうちに村人が比丘尼の腕を頼って治療してもらうために訪れてきたため、左近介は比丘尼の格好をして火の鳥の羽をもって村人の治療をしてやることになる。
  • こんなことを何度も繰り返すうち、左近介はこの庵の周辺が時の流れから隔絶されており、また自分自身が殺害した比丘尼の生まれ変わりであることを悟る。
  • そして歴史は繰り返し、やがて領主八儀家正が鼻の病の治療の依頼を行ってくる。そしてその後、治療の邪魔をするために左近介が比丘尼の前に現れる。すべてを悟っていた比丘尼は微笑をたたえながらその運命を受け入れるのであった。