八領の鎧
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八領の鎧(はちりょうのよろい)
- 源頼義、源義家の頃からの源氏相伝の鎧。
来歴
- 六条判官源為義が、最期の合戦となった保元の乱の時に、代々相伝してきた鎧を一領ずつ五人の子どもに着せ、自分は薄金を着けたという。さらに源太が産衣と膝丸とは、源氏正嫡に代々伝わるものであるとして雑色の花澤に託し、(保元の乱で敵対することになった)下野守源義朝の元へと遣わしたという。
- 別の書によると、保元の乱において源義朝は内四領(膝丸、八龍、沢瀉、源太が産衣)を受け継ぎ、自身は八龍を着用したという。
- また平治の乱においては、源義朝は膝丸、源義平は八龍、源朝長は沢瀉、源頼朝は源太が産衣を着用したという。
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