和泉守国貞(刀工)

和泉守国貞(いずみのかみくにさだ)  

大坂の新刀鍛冶
道和国貞、親国貞、大国貞
大業物

  • 初代和泉守国貞
  • 高名な井上真改の父。真改も壮年期まで「国貞」銘を切ったため、区別するためにこの初代を「親国貞」と呼ぶ。

生涯  

  • 初代和泉守国貞は、井上五郎右衛門良光の子として生まれる。
    父の井上良光は晩年入道して道源と号し、西教寺(日向国木花)に真宗の道場を開いた。天正18年に生まれた子が作之允良広(初代国貞)である。
    井上良光──和泉守国貞(親国貞)──井上真改(真改国貞)
  • 幼名作之允。良広。
  • 初代国貞は早くに母をなくし、家を飛び出し上京して刀工となる。越後守国儔に師事した。埋忠明寿、または堀川国広ともいう。
  • のち大坂に下って独立。河内守国助とともに大坂新刀の礎を築いた。
  • 元和9年(1623年)9月15日和泉守を受領。
  • 日向国飫肥藩3代藩主伊東祐久から知行100石を与えられる。
  • 晩年は健康が優れず子の二代国貞(真改)に代作させたという。入道して道和と号し、道和国貞とも呼ばれる。
  • 慶安5年(1652年)没。
  • 銘は「於大坂和泉守国貞」「摂州住藤原国貞」「和泉守藤原国貞」「和泉守国貞」

系譜  

  • 刀工の跡は次男の二代国貞(井上真改)が継いだ。
  • 赤穂浪士の堀部安兵衛が討ち入りの際に二尺五寸の国貞の刀で奮戦したという。

関連項目