烏丸藤四郎


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烏丸藤四郎(からすまとうしろう)  

短刀
吉光
名物 烏丸藤四郎
8寸5分半

  • 享保名物帳所載

    烏丸藤四郎 在銘長八寸五分半 不知代 京都町人三木某
    昔より烏丸殿御家に有之、忠先き切る、京都町三木権太夫方に延宝の頃より有之

    • 三百枚の折り紙つき
  • いわゆる「享保名物帳」副本の第一番には「平野藤四郎」が記載されるが、この烏丸藤四郎は二番目に記載されている。

由来  

  • 烏丸(からすま)家伝来にちなむ。
    • 日野家支流の公家で、家格は名家。侍従を初任として内大臣へ進む。

来歴  

  • 日野資康の三男豊光(烏丸家祖)が、院の執権となり、検非違使の別当を兼ねて大いに勢力を張った。この時に藤四郎吉光を所持したという。
  • その後烏丸家に代々伝わり、のち同家を出る。
  • この頃本阿弥光甫が砥を行っている。
  • 延宝(1673~1681年)のころより、京都の豪商三木権太夫に伝わる。
    三木権太夫は、おなじく烏丸家所蔵であった「北野肩衝」を烏丸資慶から購入しており、同じ経路をたどったことになる。
  • 異本では小笠原伊予守所持となっている。
    豊前小倉藩4代藩主忠総が寛保元年(1741年)に従五位下伊予守に任じられて以降、伊予守は同家当主の初任官位となる。このため、幕末には同家に伝わったことになる。
  • その後行方不明。

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