山鳥毛一文字

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山鳥毛一文字(やまとりげいちもんじ)  

太刀
無銘 一文字(号 山鳥毛)
刃長79cm、反り3.2cm、元幅3.5cm、先幅2.2cm
国宝
個人蔵(岡山県立博物館寄託)

  • 山焼毛とも
  • 「山てもう」、「山てうまう(さんちょうもう)」、「山焼毛(さんしょうもう)」
    「山鳥毛」の読みについては諸説あるが、ここでは文化財登録に従うものとする。
  • 長尾家の伝来では備前長船兼光の作となっているが、現在は鎌倉時代の備前福岡一文字派の作と考えられている。
  • 御家名物
  • 刃長二尺六寸一分五厘、もと身幅一寸二分。表裏に棒樋をかき透す。大房の丁字乱れが鎬にかかり、物打ちの一部は皆焼になっている。
  • 鎺元に切り込みの痕が残る。
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由来  

  • 刃文がまるで山鳥の産毛を並べたような細やかな模様になっているため、こう呼ばれるという。

    号は、一説にその刃文が山鳥の羽毛に似ているからというが、他にも説があって明らかでない。(文化財指定 解説文)

  • 上杉家伝来によれば、「遠山の夕べの山やけの景色ににている為」にさんしょうもうと呼んだという(「上杉家刀剣台帳」)

    弘治二年十月謙信公上州御出馬ノ節、白井城主長尾左エ門尉憲景、兼光作山鳥毛(略名)ノ刀ヲ献ス、又山焼毛トモ謂フ、蓋シ焼刃ノ美ナル山鳥ノ尾毛、山野ノ燃ユルノ状ニ似タルヲ以テ、其模様ヲ形容シタルモノナリ

    この時には「兼光」作の極め。「山鳥毛」とも「山焼毛」とも呼ばれていた。

来歴  

管領上杉家  

  • 元々関東管領上杉家の重宝

白井長尾家→上杉謙信  

  • 弘治2年(1556年)10月(後に謙信を名乗る)長尾景虎が、上州白井に出陣した際に白井城主長尾憲景より贈られた。
    白井長尾家は、上野と越後の守護代を兼ねて長尾氏を中興させた長尾景忠の子孫のうち、白井を本拠地とした一族。長尾憲景は、総社長尾氏(高津長尾家)に生まれ、のち白井長尾氏7代当主・長尾景誠の養子となっている。のち永禄10年(1567年)に武田信玄が上野に侵攻したため所領を失い、越後の謙信を頼っている。御館の乱では景虎に与して敗れ武田勝頼、滝川一益、後北条氏に仕えている。天正11年(1583年)没。
  • 上杉家では「備前長船兼光」であると極められていたが、現在では一文字とされている。

米沢上杉家御家名物  

  • 以来、世に出さない「御家名物」として米沢上杉家に伝来。
  • 昭和12年(1937年)12月24日重要美術品認定。

    刀 無銘伝一文字 附打刀拵 伯爵上杉憲章
    (昭和12年文部省告示第434號)

  • 昭和15年(1940年)5月3日、旧国宝重要文化財)指定。

    太刀 無銘 傳一文字 附打刀拵 伯爵上杉憲章
    (昭和15年文部省告示第448號)

  • さらに昭和27年(1952年)3月29日に国宝指定(新国宝)を受ける。

    太刀〈無銘一文字(山鳥毛(やまとりげ))/〉

  • 戦後上杉家を出る。
  • 岡野多郎松氏が上杉家から直接譲り受けたという。
  • 昭和33年(1958年)「備山愛刀図譜」では7番目に載る。
    岡野多郎松氏は、倉敷児島の紡績業で財を成した人物。「まるまん」という学生服ブランドを全国展開した。
  • 昭和43年(1968年)の刀剣博物館開館記念「国宝日本刀特別展」に出展されている。

    太刀 無銘一文字(号山鳥毛) 岡野光弘氏蔵

    この時、「元亨三年三月日」紀年銘の景光短刀などは多郎松氏蔵として出品されているが、山鳥毛だけは光弘氏蔵となっている。

  • 現在個人蔵。

上越市の購入検討  

  • 2015年6月、新潟県立歴史博物館を通じて現在の所有者から謙信ゆかりの地へ譲渡したいという意向が伝わり、これを受けて2016年8月、新潟県上越市が2017年度中の購入に向け寄付を募ると発表した。
    2016年9月6日に「国宝謙信公太刀(山鳥毛)収集市民会議」を設立し活動開始、同月「ふるさと上越応援寄付金」の募集を開始するという。他自治体居住の一般市民からも寄付を得られるよう「ふるさと納税」の受け入れ準備もすすめるとのこと。

今回の件で「岡山の至宝がなぜ県外へ」という声が一部から出ていますが、そもそもは県内在住の”個人所有”の本刀「山鳥毛」が、文化財保護法の要請上、所有者地元である岡山県立博物館に長く寄託されてきただけの関係でしかありません。備前刀云々を言い出すとそれこそ全国に散らばっていますし、伝来からいっても「大包平」こそ岡山の至宝だったのではないかと思います。
 また本刀「山鳥毛」については、数年前から岡山県側に買い取り希望が伝えられていたものの、岡山県がそれに対して予算手当などができずに所有者の希望を叶えられなかった。その後、やむなく所有者から謙信ゆかりの地の美術館などに打診があり、2015月6月に新潟県立歴史博物館を通じて上越市に連絡があり、上越市側で購入検討を開始したという経緯となっています。岡山の至宝というのであれば、最初に相談された時に何が何でも買い取りを行うべきだったのではないかと思います。なお現所有者個人を責めるのは以ての外です。国宝指定を受けているとは言え正当に取得された個人所有の財産であり、その財産処分の方法について他人がとやかくいう資格はありません。

今回の譲渡交渉のまとめ  

  • 上越市側の市議会記録などから想定した交渉経緯をまとめてみました。
    なお公表されている事項など確認できる箇所以外は、想定して書いている部分もあります。必ずしも事実ということではありませんのでご注意ください。

経緯  

  1. 【2015年6月以前】※詳細な年月・順序は不明
    ・現所有者が譲渡の意思を岡山県に伝えるが、岡山県では買い取りを断念
    ・現所有者は上杉謙信にゆかりのある土地での保存を希望し複数の博物館に意志を伝えた
  2. 【2015年6月】:新潟県立歴史博物館を通じて上越市に連絡があり、上越市側で購入検討を開始
  3. 【この間】※詳細な年月・順序は不明
    ・当初上越市は候補都市ではなかったが、謙信が生まれ没した土地であるなどの説明をすることで理解を得た
    ・上越市側は3人の鑑定人に評価を依頼し、3億2千万円との評価額を得た
    ・鑑定結果を現所有者に伝えた
    ・現所有者は、文化財保護法第46条1項の規定に基づき、国に対して文化財譲渡の申請を行った
  4. 【2016年8月】:新潟県上越市が、2017年度中の購入に向け寄付を募ると発表
  5. 【2017年3月】:3月議会で3億3千万円の予算措置を議決
  6. 【2017年9月】:議会において、2017年5月を最後に現所有者と会えていない状況と説明


文化財保護法第46条規定とは  

  • 重要文化財及び国宝の保護を規定する文化財保護法の第46条では、文化財譲渡の際に、まず国に対する売り渡しの申し出を行い、文化財の保護を行うことを規定している。

    (国に対する売渡しの申出)
    第四十六条  重要文化財を有償で譲り渡そうとする者は、譲渡の相手方予定対価の額(予定対価が金銭以外のものであるときは、これを時価を基準として金銭に見積つた額。以下同じ。)その他文部科学省令で定める事項を記載した書面をもつて、まず文化庁長官に国に対する売渡しの申出をしなければならない。
    2  前項の書面においては、当該相手方に対して譲り渡したい事情を記載することができる。
    3  文化庁長官は、前項の規定により記載された事情を相当と認めるときは、当該申出のあつた後三十日以内に当該重要文化財を買い取らない旨の通知をするものとする。
    4  第一項の規定による売渡しの申出のあつた後三十日以内に文化庁長官が当該重要文化財を国において買い取るべき旨の通知をしたときは、第一項の規定による申出書に記載された予定対価の額に相当する代金で、売買が成立したものとみなす。
    5  第一項に規定する者は、前項の期間(その期間内に文化庁長官が当該重要文化財を買い取らない旨の通知をしたときは、その時までの期間)内は、当該重要文化財を譲り渡してはならない。

  • 国はこの申請がなされた場合、30日以内に、譲渡予定対価で国が買い取りを行う旨を通知、あるいは買い取らない旨の通知を行う。この通知を行うまでの間、もしくは30日を経過するまでの間は、申請者(現所有者)は文化財を譲渡できない。※要するに、この申請がなされた場合は国に優先買い取り権が発生する。
  • これにより国が保存管理の措置を講ずる必要がある文化財を適切に保護し、展覧会などを通じて文化財を広く国民に公開することを意図している。
  • 今回の「太刀 無銘 一文字(号 山鳥毛)」の場合、現所有者から、上越市側の算定した評価額を記載した第46条申請がなされており、上越市側はそれをもって現所有者側が(上越市側の提示した)評価額を承知したと考えている。
    • 交渉中であり発表されていないが、恐らくこの申請の写しなどを上越市側で確認していると想像できる。
  • この第46条申請の結果、国(文化庁)がいかなる判断をしたのかも不明だが、恐らくこの申請自体は、上越市側が買い取りを公表した2016年8月以前に行われ、結果的に国では買い取り判断を行わなかったものと推測できる。※だからこそ上越市側は予算措置へと動いた。
    なぜ国が買い取りを行わなかったのかについては、よくわからない。1.予算がなかったか(例えば27年度には「乾漆虚空蔵菩薩半跏像」が5億4千万弱で買い取りされており、考えにくい)、2.文化庁算定の評価額が申請価額を下回ったか(現時点で評価額で交渉中であることを考えればこれも考えにくい)、3.上越市が譲渡先であれば問題ないと判断した(可能性は高い)、などが考えられるがいずれも想像にすぎない。いずれにしろ、この申請時点では、現所有者は3億2千万円で国(さらには上越市)に譲渡しても良いと考えていたことになる。

関連項目