一竿子忠綱(刀工)
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一竿子忠綱(いっかんしただつな)
- 二代目近江守忠綱
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概要
生涯
- 初代忠綱の子。氏は浅井氏。
- 通称は「万太夫」と伝わる。
- はじめ忠国。
- 近江守を受領した。
- 合勝軒忠綱、万太夫忠綱とも
- 享保中期、80歳余まで鍛刀した
- 良業物
銘・彫物
- 寛文、延宝から元禄初期までの「近江守」銘があり、その後正徳の晩年までに「一竿子」銘が見られる。
- 「粟田口近江守忠綱」「山城国粟田口藤原忠綱」「粟田口一竿子忠綱」「合勝軒忠綱」「一竿子忠綱入道」などの切り銘がある。
- 「彫りのない一竿子は買うな」とも言われるほどの彫り物の名手で、「彫同作」「彫物同作」と添銘する。
- 寛文ごろは独鈷付き素剣、延宝ごろ這竜、元禄はじめ頃には不動尊と独鈷付き素剣。剣巻竜に独鈷剣となるのは元禄ごろ。
著名作
重要文化財
- 太刀
- 銘「粟田口一竿子忠綱彫同作/宝永六年八月吉」長三尺二分、反り一寸三分五厘。鎬造、庵棟。表に鉾、裏に玉に昇り龍の彫物。生ぶなかご。目釘孔1個。大正6年4月5日重要文化財指定。京都国立博物館所蔵 ※平成18年収蔵
- 太刀
- 銘「粟田口一竿子忠綱彫同作寶永六年八月吉」。大正6年(1917年)4月5日に旧国宝指定。徳島県国瑞彦神社所蔵
その他
- 刀
- 銘「粟田口一竿子忠綱/正徳三年二月吉日」長69cm、反り1.3cm。彦根藩主井伊家伝来。13代井伊直弼の差料。脇指には虎徹を指したという。彦根城博物館所蔵
- 刀
- 銘「一竿子忠綱雕同作/元禄八年八月吉日」長69.4cm、反り1.5cm。表に真の剣巻龍、裏は毘沙門剣。昭和37年2月21日群馬県指定の重要文化財。
- 刀
- 銘「一竿子忠綱彫同作/元禄十三年二月日」長72cm、反り2.3cm。表に剣巻竜、裏は梅に竹の彫物。香川県立ミュージアム所蔵
- 脇指
- 銘「粟田口近江守忠綱彫同作/元禄十六年二月日」長一尺九寸四分、反り六分。表に火焔宝珠と昇り龍、裏に三鈷剣。
- 脇指
- 銘「粟田口一竿子忠綱彫同/宝永五年二月日」長59cm、反り1.8cm。表に玉追い竜、裏に三鈷剣。なかご生ぶ。目釘孔2個。佐藤寒山の鞘書き。
- 刀
- 銘「粟田口近江守忠綱/宝永七年二月吉日」長69.2cm、反り2.4cm。目釘孔1個。
- 脇指
- 銘「粟田口一竿子忠綱彫同作」長47.6cm、反り1.4cm。表に切先へ向かって玉を追う竜、裏は玉を握りもどる竜の彫物。香川県立ミュージアム所蔵
- 刀
- 銘「栗田口近江守忠綱/浅井氏」長73.3cm、反り1.6cm。浅井氏は一竿子忠綱の姓。昭和44年11月20日山梨県指定の有形文化財。
- 播磨国総社忠国剣
- 銘「摂津住藤原忠国」忠国は一竿子忠綱の初銘。射楯兵主神社所蔵。戦災に遭うが、昭和54年に人間国宝月山貞一師によって再刃された。姫路市の指定文化財。姫路市立美術館寄託
系譜
- 京の粟田口国綱の末裔を名乗り、父である初代忠綱が大阪へ移住。
- 初代忠綱は近江守を受領。弟子に長綱がいる。
- 二代忠綱(一竿子忠綱)も父と同じく近江守を受領し、父子二代で「粟田口近江守忠綱」を刻銘する。
- 初代と二代の銘の主な違いは「栗」と「綱」にあり、それぞれ「西」と「糸」が異なる。
初代粟田口近江守忠綱
摂津の刀工
業物上作
- 一竿子忠綱の父
- 生国は播磨姫路、のち京を経て大阪に移った。
- 江州坂田郡南郷里村七条生まれで浅井姓とも。北村姓も名乗る。その後播州姫路で鍛刀修行し、はじめ忠縄と切る。
- 京にのぼり、粟田口国綱末裔の家に同居していた縁で、以後粟田口を名乗ったという。
- 慶安元年より大坂に定住。
- 初め「近江大掾」、後に「近江守」を受領する。
- 「播州住忠綱」「粟田口近江大掾藤原忠綱」
- 親忠綱とも
- 業物
三代忠綱
- 通称政之進
- はじめ「宗綱」と切る。
- 享保の頃には江戸でも打ったという。
- 父(一竿子忠綱)より先に死んだ。
長綱
- 初代近江守忠綱の門人。北村一右衛門。大坂住。
- 業物
- 聾であったため、「摂州住藤原聾長綱」と切ったものがある。俗に「聾長綱」と呼ばれる。
- 寛文から元禄。師伝を継承し、直刃と足長丁字乱れを焼く。
正綱
- 初代忠綱の二男。
- 通称は十郎兵衛。
- 銘は「粟田口藤原正綱」
忠行
- 初代忠綱門弟。
- 銘は「摂州住藤原忠行」と切る。
二代忠行
- 二代忠行は「摂津守忠行」と切る。寛文ころ
摂津守源忠行
- 二代忠行の弟。
- 銘「摂津守源忠行」
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