雲類

雲類(うんるい)  

備前国宇甘(うかん)庄に住した鵜飼派の通称
鎌倉時代から南北朝期にかけて備前国宇甘で作刀していた刀工群で、雲の字を冠することから雲類と呼ばれる。

  • 鎌倉時代中期から南北朝にかけて出た雲生、雲次、雲重がとくに高名である。
  • 宇甘(うかん)は鵜飼とも書き鵜飼派ともいう。
  • これらの祖は山城から備前へ移住して来たため、同国各派に比べ全く異なった京風の趣を強く示し、来派或いは備中青江派に近い作域の刀を残している
    伝説によると、初銘を国友・国吉といい、後醍醐天皇の勅命により太刀を打つことになる。ある夜、浮雲の夢を見てそのとおりの土取りをして刃紋を焼いたところ、比類ない出来栄えのものが出来上がる。帝に献上して夢の話をしたところ、以降は雲生・雲次 と名乗るようとの沙汰があったという。ただし後醍醐天皇の即位以前から雲生銘の刀があるため、偽説とされる。

代表する刀工  

雲生  

初代雲生(うんしょう)  

  • 雲類の祖。
  • 初代雲次、二代雲生の父。また雲重の祖父でもある。後醍醐天皇の勅命により作刀したとの記録が残る。永仁~乾元・嘉元年間
  • 「平安城雲生」の銘がある刀の裏銘に「貞治元年二月日」とあるが、貞治の改元は9月23日のため存在しない日付となっている。
太刀
銘「雲生」、重要美術品。長二尺四寸七分四厘、反り八分四厘。内藤信利子爵所持。
黒漆太刀
銘「雲生」三尺三寸。明治42年9月21日旧国宝指定。春日新太夫奉納。「観応元年九月鹽竈神社境界争論の儀に付き状況の節帯せし太刀なり」鹽竈(塩釜)神社所蔵
太刀
銘「備前国宇甘郷雲生/八幡大菩薩」昭和8年7月25日重要美術品指定、陽明文庫所蔵。近衛文麿侯爵旧蔵。

二代雲生(うんしょう)  

  • 二代雲生:建武年間。初代雲生の子で、初代雲次の弟とされる

雲次  

初代雲次(うんじ)  

  • 文保年間。初代雲次は雲類の祖と言われる初代雲生の子あるいは弟といわれる。
  • 初代雲次は、「備前国」の国の中が「玉」になっている。また「雲」の字の第一画が、初代は横、二代は縦に打つとされる。また雨冠の中の点についても、初代は1つ、二代は2つずつあるともいう。
太刀
銘備前國雲次、重要文化財。長二尺八寸二分、反り七分五厘。うぶ中心。照国神社の国宝太刀と同時に、島津忠重侯爵から鶴嶺神社(旧 福昌寺)に奉納された。
太刀
銘雲次、重要美術品。長二尺四寸四分八厘、反り九分六厘。中心磨上、中心先に「雲次」二字銘。
太刀
銘備前國住雲次/建武乙亥二年十一月」昭和10年8月3日に重要美術品指定。松平康昌侯爵所持。
太刀
銘「備前国住雲次 天文三年十月日/武田陸奥守信虎」。昭和9年3月20日重要美術品指定。原三右衛門旧蔵。
太刀
銘「備前国住雲次」昭和12年2月16日重要美術品指定、陽明文庫所蔵。近衛文麿侯爵旧蔵。
太刀
額銘「雲次」鎬造り、庵棟。大磨上。長66.6cm、反り1.8cm。目釘孔2個。

二代雲次(うんじ)  

三代雲次  

雲重  

初代雲重(うんじゅう)  

  • 初代雲生の孫で、二代雲生の子 文和年間
伝雲重。長69.8cm、反り1.6cm。南北朝時代の文和から貞治ごろの作。昭和57年4月9日岡山県指定重要文化財。もとは備前池田家に伝来したもの。岡山市・個人蔵