玉纏横刀

玉纏横刀(たままきのたち)  

儀礼用太刀
刀身長84.5cm
伊勢神宮所蔵

  • 室町時代の作
  • 新井白石は高麗剣(こまつるぎ)とする。

概要  

  • 剣形は、わずかに反りを持つ太刀で、金具は柄頭・縁・口金・鍔・鐺などはすべて金銅製。
  • 柄頭と鍔の上下端を半円形の勾金を嵌め、その外面には各五箇宛の金銅鈴を据える。しかし現在は鈴は3好みとなっている。
  • 本来「玉纏横刀」は撤下神宝として埋められるものであるが、式年遷宮を理解するための文化財としてごく少数が保存・展示されている。
玉纏横刀
13世紀中期鎌倉時代のもの。明治2年に内宮の新殿となる御敷地で出土し昭和38年国の重要文化財に指定。
玉纏横刀
14世紀中期南北朝時代のもの。同上。
玉纏御太刀
(拵のみ)第59回神宮式年遷宮撤下御神宝。昭和28年調進、平成5年撤下。


撤下神宝(てっかしんぽう)  

  • よく知られているように、伊勢神宮では20年に一度式年遷宮が行われ、それまでの建物や神宝、装束などはすべて新しく作りなおされる。
  • その後、建物については解体されたのち、宇治橋両側に立つ鳥居に生まれ変わる。入口側(西側)が外宮御正殿、東側は内宮御正殿のものが使われる。さらに20年後に今度は追分の鳥居と七里の渡しの鳥居として用いられ、その後は関連神社(熱田神宮など)へ払い下げされる。
    現在の熱田神宮の社殿は伊勢神宮の式年遷宮の際の古用材を譲り受けたもので、1955年(昭和30年)10月に再建されている。
  • 一方神宝については、神の使用されたものであり畏れ多いということで、可燃物は燃やし、それ以外は地下に埋められていた(撤下神宝)。
    ただし、両正宮の神宝については、新宮の西宝殿に移され、20年間保存された後に撤下神宝となる。これは本様といって次の神宝製作時に参考とするためである。もちろん図面などはないため、製作にあたっては、「本様使」と呼ばれる役人が外見や構造を自ら確認し、各神宝製作の家々で伝承されている製法により再現され次の式年遷宮に用いられた。
  • 玉纏横刀(たままきのたち)もこの撤下神宝のひとつであり、室町時代に造られたものであるにもかかわらず損傷が激しいのはそのためである。

勿体無い(もったいない)  

  • 本来勿体無いとは、「神聖なものであり我々には不相応である。(畏れ多い)」「非常に大事なものであり、粗末に扱われては惜しい。((かたじけ)ない)」という意味であった。
    勿体(もったい)」とはもともと仏教用語の「物体」であるとされ、それが日本語(和製漢語)の勿体へと変化し(牛篇が省かれた)、それに否定する言葉「無し」がついたものであるとされる。

    時代劇などで「殿、その御心遣いだけでもったいのうございます」などというのは、この本来の意味である。
  • つまり、ご神宝が人間に下され使われるのは「勿体無い」(畏れ多い、忝ない)。だから使わない(とても使うことは出来ない)ということである。
  • その後時代とともに意味は移ろい変わり、現代ではMOTTAINAI運動に代表されるように「(物の価値を十分に活かしきれていないため)捨ててしまうのは惜しい。だから使おう」という、より簡素化された意味へと変わってしまっている。現代日本人もその意味でつかっており、その意味では英語のwasteful(浪費的な、不経済な、むだな)と同義になるが、本来の意味やその後の行動は上記したとおり全く異なる。

伊勢神宮式年遷宮  

  • そもそも20年毎の式年遷宮の意味は、技術の伝承をメインテーマとしている。一度きりの建造では建造担当者が死ねば伝承は失われる。しかし常に作りなおすことで技術は確実に伝承される。
  • そうすることにより、神々のお住まいが未来永劫維持され、かつ常に清浄で清らかな状態で保たれるということを目指している。
    上古の時代、人の寿命は30~40年であったとされ、世代をまたいで神殿の建造方法や各種神宝や装飾品の製造方法を技術伝承していくためには、20年毎に作りなおすことが一番効率的であったともいう。
  • そこで、神々が使用されたものをもったいない(捨てるのは惜しい)から再利用するのではなく、勿体無い(つまり、畏れ多い、忝ない)からこそ、撤下神宝(てっかしんぽう) として燃やし、地下に埋めていたのだ。
  • 記録によれば神宮式年遷宮は、飛鳥時代の天武天皇が定め、持統天皇の治世の690年(持統天皇4年)に第1回が行われたという。持統天皇は、その治世の後半に伊勢から三河までを訪れ、この式年遷宮の段取りを自ら指揮したと伝わる。
  • 平成25年(2013年)秋、伊勢神宮では実に62回目となる式年遷宮が行われた。その中では、御杣山(みそまやま)として定められた山で200年かけて育てられた1万本以上のヒノキ材を使用した神殿が建造され、さらに新たに御装束525種1,085点、御神宝189種491点もそれぞれの神宝や装飾品を造る家々で伝承された技術により新たに造られ、そして収められた。
  • 付喪神」で使われるもったいないは、この時代とともに移り変わった後の言葉の意味であることがわかる。