梅竹貞宗

梅竹貞宗(ばいちくさだむね)  


貞宗

  • 長坂血鑓九郎(茶利九郎、信政)が家康より拝領したもの。

由来  

  • 草の梅樹、草の竹の彫物にちなむ。

来歴  

  • もとは徳川家康所持。
  • 長坂血鑓(ちやり)九郎が功によりこれを拝領し、その後旗本となった長坂信宅に伝わった。
  • 長坂信政は通称彦五郎、九郎。茶利九郎。清康、広忠、家康の松平三代に仕え、特に尾張織田氏との戦いで活躍し、槍働きで巧妙をあげる。功を賞して皆朱塗りの槍を許され、血鑓九郎の名を賜る。

    長坂信政は新堀村の人なり、通常を彦五郎と称す。松平清康に仕へて勇武絶倫必ず其の槍に血ぬり、血鑓九郎の名を賜ふ。爾来子孫其の名を傳ふ。而して此の長様血鑓九郎信政とは長坂守重の三男大炊助信其の人なりと云ふ。信政の孫信次家康に仕へて驍勇比なし。家康小血槍の名を賜ふ。天正十年家康甲斐の武田勝頼を攻むるに當り、信次をして先づ行きて江尻の城主穴山玄蕃を招かしむ。信次乃ち単騎城中に入り穴山に面し、説くこと七日遂に是を幕下に致す。功を以て遠州の地二邑を賜わり、後丹波守と称す。

    • 長坂一族については諸説あり判然としないが、「血鑓九郎」の名は清康から拝領し代々名乗ったとされる。

長坂血鑓九郎の槍  

  • この長坂が使った槍が現存する。

大笹穂槍
銘 下坂孫次郎 慶長拾六年伏見三年在番之時長坂茶利九郎ウタスル也
刃長27.87cm
東京国立博物館所蔵




写し  

  • 「梅竹貞宗」は越前康継一門で何度か写しが作られている。

越前康継 

脇差
梅竹貞宗写し
銘(葵紋)以南蛮鉄於武州江戸越前康継
裏 本多飛騨守成重所持内(立葵紋)
長(一尺二寸一分)36.66cm
個人蔵(福井市立郷土歴史博物館寄託)

  • 表に草の梅樹、裏に草の竹が刀身一杯に彫られている。

下坂貞次作  


梅竹貞宗写し

  • 越前国住下坂貞次は初代康継の弟子。

肥後大掾貞国作  

梅竹貞宗写し

  • 肥後大掾貞国は初代康継の弟というが詳細は不明。