小池正宗

小池正宗(こいけまさむね)  

脇差
朱銘 正宗/本阿(花押)
小池正宗
皇室御物

  • 享保名物帳所載

    小池正宗 無銘長一尺二分半 代二千貫 御物
    本多美濃守殿上京の刻小池通りと云所の旅館にて御求め、孫中務殿へ遣され、延宝七年家綱公へ上る、表裏樋有之

    • こちらの御物は徳川将軍家。

由来  

  • 本多美濃守忠政が、京都小池通りの旅籠で購入したために名付けられる。

来歴  

  • 本多忠政(平八郎)の三代の孫、本多政長が逝去した斎、その遺物として延宝7年(1679年)7月に獅子の平八郎忠国が家綱に献上した。
  • 綱吉は、天和元年(1681年)11月に長男徳松の髪置きの祝に授けている。徳松は早世するため戻る。
  • 11代将軍徳川家斉は、「尊号一件」でこじれた朝廷との関係を取り戻すべく、この「小池正宗」と「早川正宗」を贈っている。
    尊号一件とは、閑院宮典仁親王への尊号贈与に関する紛議事件。
  • この時、経緯が経緯だけに御腰物方では公式記録である「御腰物帳」にどのような理由で贈ったかと書くべきか迷い、上司の近藤吉左衛門に伺いを立てたところ、「御進献」とだけ書くように命じられた。
  • 献上が決まると、幕府では本阿弥光一に命じて差表に「正宗」、裏には「本阿(花押)」と朱銘を入れさせ、さらに白鞘にもただ「正宗」とだけ記させ、三千貫の折紙だけは付けさせたという。
  • 「御進献」の刀は、厳重に梱包された上で寛正6年(1794年)11月10日に御目付役成瀬吉右衛門に渡され、成瀬はこれを護衛して東海道を上った。
  • 早川正宗」は嘉永7年4月の京都の大火で焼失したが、この「小池正宗」は現存し御物となっている。