富士茄子

富士茄子(ふじなす)  

唐物茶入
大名物 唐物茄子茶入 富士茄子
前田育徳会所蔵

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由来  

  • この茶入ほど富士山を髣髴とさせるものはなく、数ある茄子茶入において最も優れたるものであるために名付くという。
  • あるいは、一富士二鷹三茄子にちなみ名付けられたともいう。

来歴  

曲直瀬道三  

  • 曲直瀬道三にこれを与えている。

祐乗坊  

  • 曲直瀬道三は、祐乗坊に贈っている。

    弘治三年五月一日京祐乗へ
           又五郎 久政 二人
    一玳杷繪 牧渓
    富士茄子
     土薄、紅梅赤目なり、藥あかめ、濃柿か、掛合色藥に糸切
    (松屋筆記)

信長  

  • 永禄12年(1569年)信長の名物狩りで召し上げられる。

    永禄十二年己巳二月二十七日
    然而信長金銀米銭御不足無之間、此上者唐物天下の名物可被召置之由御諚候て、先づ
    一上京大文字屋所持の 初花
    一祐乗坊の      富士茄子
    一法王寺の      竹杓子
    一池上如慶が     蕪無し
    一佐野        鷹の繪
    一江村        もゝそこ
     〆

曲直瀬道三  

  • 本能寺の変ののち、再び曲直瀬道三の所有となる。

    富士茄子 京の醫師道三にあり(東山御物内別帳)

    天正元年九月十八日醫師道三會 但し紫野道閑の座敷を借りて
           人数 宗易 宗久 宗二
    一富士茄子 蓼冷汁天目
     兩種ながら初て拝見候、なすび形善し、土藥粗相なり、なだれあり、土はさらりと荒目に見えたり、口作弱きやうに見え候、そこかたたかたるか、但し惣別粗相なる壺なり、袋かんとう、緒つがり浅黄、裏茶色織色
    (津田宗及茶湯日記)

    天正十五年十月朔日、北野大茶湯出品
              今小路道三所持
    一目黒達磨 一富士茄子 一蓼冷汁天目
    (京都北野神社蔵北野大茶湯會圖)

秀吉  

  • 曲直瀬道三の孫である翠竹に伝わり、これを秀吉に献上している。

加賀藩前田家  

  • 慶長2年(1597年)11月13日、秀吉はこれを前田利家に与えている。

    慶長丁酉(二年)十一月十三日、内府赴大津、宰相殿畠山御所持肩衝、今度自太閤御拝領、今晨見之。茶後、於書院温飩、其次有飯、重畳之展待也。其後坐久、予先立座到殿中、昏黄赴御前、文梨小壺被贈内府、富士茄子加賀亜相利家拝領、臺子茶湯可然之由、被仰出也
    (承兌日用集)

    前田利家犬千代 筑前守 広徳院 是より先き太閤屢々(しばしば)利家が邸に臨み、眷蜀最も厚し、末野の茶壺、富士茄子の茶入、並に三池小傳太切刄、貞宗水に降雪等の刀を授けらる
    (寛政重修諸家譜)

  • 以後前田家伝来。前田家では、この「富士茄子」と「浅茅肩衝(あさじかたつき)」を秘蔵中の秘蔵として大切に伝えた。遠州流八世の小堀宗中が、この富士茄子を見ようとして加賀に長く滞在したが、遂に見ること叶わず、やむなくある人が所持していた図録を借覧して帰ったという。

    大名物 肩衝茶入 銘浅茅
    前田育徳会所蔵