妙法村正

妙法村正(みょうほうむらまさ)  


表銘 村正 妙法蓮華経
裏銘 永正十年葵酉十月十三日
刃長66.4cm、反り1.5cm、元幅2.8cm
重要美術品

  • 刀身に彫刻があり、表は草の倶梨伽羅、裏は倶梨伽羅像が彫られている。目釘孔1個

由来  

  • 表に村正銘と共に「妙法蓮華経」の題目が切ってあるためこう呼ばれる。
  • また裏には「永正十年葵酉十月十三日」と切られているが、この10月13日は日蓮宗(法華宗)の宗祖である日蓮上人の忌日である。
    日蓮上人の入寂(没年)は弘安五年(1282年)。

来歴  

  • 茎に「鍋信」と銀象嵌があり、これは肥前佐賀藩主の鍋島信濃守勝茂が所持したときに彫らせたものだという。
  • その後、嫡子の小城(おぎ)藩初代藩主鍋島元茂から代々伝わった。
    鍋島元茂は勝茂の長男であったが、勝茂が徳川家康の養女菊姫(高源院、岡部長盛の娘)を娶ったため元茂は廃嫡された。元茂は、祖父である直茂の死去後にその隠居領であった1万石を与えられ、最終的には寛永19年(1642年)に肥前小城に7万3000石を与えられ同藩の初代藩主となった。元茂は剣の腕に優れた達人で、柳生宗矩から印可書を一番に受けたと言われている。木村友重とともに徳川家光の打太刀を務めた。柳生宗矩とは30年にわたる道縁で、死の直前に秘巻「兵法家伝書」を与えられている。
     佐賀藩主は菊姫の生んだ忠直が早世したため、その子鍋島光茂が嫡孫承祖して継いだ。
  • 小城藩鍋島家は佐賀藩の御三家として存続し、「妙法村正」も太平洋戦争の終戦まで同家に伝来した。
  • 村正作刀では唯一重要美術品に指定されている。