池田光忠

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池田光忠(いけだみつただ)  


光忠
名物 池田光忠
長一尺九寸三分

  • 享保名物帳所載

    池田光忠 長一尺九寸三分 無代 水戸殿
    摂津国池田を領す十河左衛門一存所持なり紀伊殿より御家に参りし訳不知

  • 元禄頃の金子十五枚の折紙がついていたという。

由来  

  • 三好家の池田城(池田大西城、徳島県三好市池田町)所蔵にちなむか。
    • 十河一存は阿波勝瑞城で生まれ、讃岐十河城主の十河景滋から家督を継いでいる。

来歴  

  • 元は阿波池田城主だった三好家出身の十河一存の所持。
    • 摂津池田城を十河氏が治めた時期がなく、阿波池田の誤りとされる。
  • 十河家から出た経緯は不明。
  • いつの頃か徳川将軍家に伝わり、水戸徳川頼房に贈っている。
  • 土屋押形

    池田光忠 水府御藏 壹尺九寸四分

    • 目釘孔4個
  • 「武庫刀纂」

    光忠 元禄折紙代金子十五枚
      長二尺六寸二分
      鎺元一寸五厘 横手下七分
      厚三分
      反一寸一分

  • 水戸家に伝来したが、大正12年(1923年)の関東大震災で焼失。

    長二尺六寸二分 鎺元一寸五厘 横手下七分 厚三分 反一寸一分
    (罹災美術品目録)

    ただし「享保名物帳」や「本阿弥家伝名物帳」と長さが異なる。「武庫刀纂」と「罹災美術品目録」で記載は一致しており、この時点で誤って管理されていたと思われる。後日、水戸徳川ミュージアムに現存していることが判明した。

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