青木郷


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 青木郷(あおきごう)


金粉銘 春雨江 羽皐所持
青木郷
二尺二寸八分

 由来

  • 青木兼元(真柄斬り)を所持した青木一重の所持にちなむ。

 来歴

 青木一重→家康

  • 青木一重が所持していたが、老齢に至り、家康に献上する。

 松平忠明

  • 奥平信昌の四男松平忠明(家康外孫で、家康の養子となる)がお国入りする際に、秀忠から下賜されている。
    • 寛永2年または寛永3年という。ただし忠明が大和郡山藩12万石へ加増移封されたのは元和5年(1619年)のこと。

 忍藩松平家伝来

  • 武州忍藩に伝来し、大正3年(1914年)に、「大般若長光」や「庖丁正宗」などを売却した際に、残りの刀は一括して刀屋に処分しており、本刀も市中に流出してしまう。

 高瀬羽皐

  • その後、大正11年(1922年)9月に高瀬羽皐が、弟子の近藤鶴堂より白鞘の状態で入手するが、その際は志津兼氏ということになっていたという。
  • しかし後日研がせてみると郷だろうということになり、大正13年(1924年)の4月に確証を得たためにナカゴに「春雨江 羽皐所持」と金粉銘を入れている。のち松平家所持の青木郷であることが判明し「青木江」と鞘書きしたという。
  • 戦後にアメリカに流出。その後入手した某人が、鞘書きと矛盾するため金粉銘を消してしまい、さらに本阿弥日洲に見せた際に江の鞘書きはないほうがよいという助言により鞘書きも消してしまう。のち、高瀬羽皐の春雨江であるということが判明したために鞘書きを再度書き換えたのだという。

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