村雨


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 村雨(むらさめ)

八犬伝を代表する名刀
村雨丸、叢雨丸
鞘から抜くと刀身に露が浮かぶ奇瑞があり、このことから「抜けば玉散る氷の刃」と言われる。

  • 妖刀のイメージは、映画「里見八犬伝 妖刀村雨丸」(1954年制作)以降ついたもので、曰く「ひとたび鞘から抜けば刀が露を帯び、人を斬れば村雨のごとく水が滴たたり、刃に血のりがつくことがなかった」という。
    村雨(むらさめ)とは、強く降ってすぐ止む雨。にわか雨のことを言う。
  • 滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」に登場する刀で、八犬伝前半の主人公犬塚信乃が所持している。

 来歴

  • 初代鎌倉公方である足利基氏(足利尊氏の子)以来の家宝として、基氏、満氏、満兼、持氏と鎌倉公方家に伝わる。
  • 鎌倉公方四代持氏は、永享の乱(永享10年、1438年)で京の足利公方家義教に対して反乱を起こし、翌年には関東管領上杉憲実により息子義久とともに滅ぼされる。
  • 持氏の子である春王丸、安王丸を引き取った結城氏朝も、永享12年(1440年)の結城合戦で同様に滅ぼされる。
  • 村雨丸は持氏二男・春王丸に伝わっていたが、春王丸近習であった大塚匠作三戍が息子の番作に預け処刑場で討ち死にした。
  • その後、大塚番作一戍は「村雨丸」を息子・信乃(犬塚に改名)に託し、春王丸・安王丸兄弟の弟である足利成氏(万寿王丸。5代鎌倉公方、後の古河公方)に献上して仕えるよう言い渡し、ここからストーリーが大きく展開する。


 村雨の名を持つ実在刀

村雨
太刀 銘「村雨 津田越前守助広/延宝六年二月日」、刃長2尺7寸4分、反り1寸3分9厘。倶利伽羅龍と梵字を彫る。
大坂城代であった青山因幡守宗俊が、津田越前守助広に打たせた太刀。延宝6年(1678年)作であり、いわゆる丸津田銘となっている。目釘孔一個。
青山因幡守の求めに応じて鍛えた物で助広の傑作とされる。家臣にも見せることはなかったが、日照りが続き雨乞いをする際に取出してみせたという。
特別重要刀剣指定で、黒呂色塗鞘赤銅唐草文総覆輪兵庫鎖太刀拵と、明治24年(1891年)の明治政府による鑑査状が付属する。
叢雨
叢雨は村雨。庄司次郎直勝(藤原直勝)作の刀で、銘は「叢雨 勝喜名 実庵書(印)/家翁親父鯨井君勝喜視余猶子曽蒙勉励故今作一刀謝高誼之万一云 直勝」と切られている。
藤原直勝は大慶直胤の門人のひとりで、のち女婿となり養子となった。上野館林の秋元家に召し抱えられている。
「叢雨」の命名は藤原直勝の親友であった長者町の鯨井市右衛門勝喜であり、それを実庵こと小川実蔵成信が隷書で下書きしたものを銘に切っている。

 関連項目


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