七星剣


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七星剣(しちせいけん)  

直刀
刃長2尺6分(62.4cm)
国宝
四天王寺所蔵、東京国立博物館寄託

  • 切刃造り。刀身には二筋樋を彫り、その中に七星、三星、雲形、竜頭などを金象嵌で表している。
  • 佩き表に上から、雲文、横一文字に三個の星、雲文、三角形に配した三個の星、雲文、北斗七星、雲文、雲文、青龍。
  • 佩き裏には、雲文、雲文、雲文、北斗七星、雲文、雲文、白虎。
    • 横一文字の三個の星は、河鼓三星(大将軍、左将軍、右将軍)、三角に配置された三個の星は三公(司徒、司空、太尉)であるともいう。

由来  

  • 北斗七星の象嵌により、「七星剣」と呼ばれる。

来歴  

  • 寛文7年(1667年)、参勤交代の道中を記した池田綱政の「丁未旅行記」に登場する。

    阿倍野の松原を通るに。小町が墳とて幽かなる竹篁の中に在り。程なく万代の池を見て天王寺の裏の門より入りぬ。本堂とは太子の十六歳の木像なり。七堂伽藍残りなく見て。蓮池の傍らなる六坊の中明浄院と云ふ法師の寺に入り。暫時涼みぬ。此主僧は過にし年爰に詣で侍りける折。此處彼處案内せし法師なり。寶藏へ具して寶物見ぬものもあれば見せたき由を談れば。實に年久ければ慰めにも見よとて。案内して伴い行く。様々あれば書付て後のなぐさめにもと。傍らにて疂う紙矢立取出して書付侍りぬ。
    一、丙毛塊林(へいまうくわいりん)ママ)の太刀。(二尺二寸。鎺の上に此文字。古文字金ざうがんにてあり。守屋が首打たるよし)。
    一、七曜の太刀。(二尺五寸。鎺より切先まで星雲。鎺本に裏表に上下龍金ざうがんにてあり。太子の太刀なり)。

  • 大正元年(1912年)9月3日、古社寺保存法に基づき旧国宝に指定。

    丙種
    刀劔 七星劔聖徳太子御劔 一口
    大阪府大阪市南區天王寺元町 四天王寺
    (大正元年 内務省告示第九號)

  • 七星などの星宿をあがめる信仰は中国からきたもので、飛鳥時代ごろに日本に伝わり、飛鳥時代から奈良時代にかけて流行した。北斗七星の意匠を持つ「七星剣」はいくつか現存しているが、この四天王寺に伝わった「七星剣」はその中で最も有名な剣である。


他の七星剣  

  • 七星剣とは、中国の道教思想に基づいて北斗七星が意匠された刀剣の呼称であり、他にも存在する。
  • 一番高名なものが四天王寺のものであるが、ほかにも存在する。
日月護身剣
天皇の宝剣の一つで、刃長二尺二寸。刀身には、日、南斗六星、朱雀、青竜、月、北斗七星、玄武、白虎などが象嵌されていた。
法隆寺持国天の剣
聖徳太子建立の法隆寺所蔵の持国天像が持っている銅剣。「銅七星剣(七星文銅太刀)」。刃長一尺五寸五分。切刃造り。表裏に金象嵌で、上から雲文、北斗七星、雲文に日月、雲文、雲文に日月、雲文、山岳文を配す。
呉竹鞘御杖刀
正倉院の呉竹鞘杖刀にも七星文が描かれている。
稲荷山遺跡
1983年、千葉県成田市の稲荷山遺跡にて七星剣が発見された。
一宮神社の鉄剣
1988年、元興寺文化財研究所の調査により七星剣であると発表。
三寅剣
刃長八寸三分八厘(25.4cm)。刀身がやや内側に反るという古代刀剣の特徴を持つ。刀身の両面に金銀象嵌が施されている。表面に多聞天像と三公・三台・北斗七星が、もう裏面には持国天像と多聞天の梵字が入っている。さらに判別できない梵字九字と、刀身の先の方に増長天像と広目天像と見られる像が入る。
棟の基部に「三寅剣」(さんいんけん)と銀象嵌銘があることから、「三寅剣」の名がある。
長野県小海町松原の農家畠山家に伝わっていたもので、畠山家は畠山重忠の子孫(重忠の次女松尾姫)とされ代々松原諏訪神社上社の神官を務めてきたという。平成6年(1994年)に鑑定され、7-8世紀頃のものとされる。平成10年(1998年)6月3日南佐久郡小海町の有形文化財に指定。財団法人八十二文化財団所蔵
三寅剣 - 信州の文化財 - 財団法人 八十二文化財団
禡祭剣
上杉謙信所用。重要文化財上杉神社所蔵