黒川幸七

黒川幸七(くろかわこうしち)  

実業家、古美術収集家

  • 黒川古文化研究所で収蔵する古美術品8,500件(2万点)は、主に2代目幸七が蒐集したものである。
Table of Contents

概要  

初代:黒川幸七  

  • 黒川家は、大坂の両替商から証券会社を起こした商家。
  • 天保14年(1843年)京都に生まれた初代黒川幸七は、京都・大坂の商家に奉公し、文久年間に独立し両替商となる。
  • 明治11年(1878年)、大阪株式取引所開設にあたり、「黒川幸七商店」として仲買人となる。
  • 初代幸七は明治33年(1900年)没。

2代目:黒川幸七  

  • 2代目幸七は、明治4年(1871年)に二男として生まれる。
  • 初代である父幸七の没後家業を継ぐが、実際には先代夫人である「りう」が仕切っていたとされ、2代目幸七は美術品蒐集をもっぱらとした。
  • 2代目幸七は、中国の古美術品をはじめとして、墨、香木などを収集している。
  • 昭和13年(1938年)2代目幸七没。

3代目:黒川幸七  

  • 3代目幸七は、本名木村福三郎。
  • 東京深川の米穀問屋木村徳兵衛の三男に生まれ。のち養子となり3代目幸七を名乗る。
  • 黒川幸七商店は大正7年(1918年)に株式会社黒川商店に改組。この時、3代目幸七に家業を譲っている。
  • 昭和24年(1949年)、黒川商店は株式会社黒川証券に商号変更する。
  • 昭和36年(1961年)3代目幸七没。
  • 黒川証券は、のち昭和52年(1977年)に木徳証券(旧木村徳兵衛商店)と対等合併し、黒川木徳証券となる。平成23年(2011年)、商号をあかつき証券へと変更している。

黒川古文化研究所  

  • 戦後、主に2代目が蒐集した古美術品の管理方法について識者に相談し、「ひろく中国と日本を主とした東洋の古文化を調査研究して、その知識を広く世に普及して社会文化の発展に寄与する」ことを目的として黒川古文化研究所を設立する。
  • 当初、兵庫県芦屋市打出春日町の邸宅がそのまま研究所として使用されるが、昭和49年(1974年)11月に現在地である西宮市苦楽園に移転している。
  • 財団法人の認可は昭和25年(1950年)10月。
  • 平成23年(2011年)4月には公益財団法人に認定されている。

刀剣  

伏見貞宗
短刀 朱銘貞宗 本阿弥(花押)。名物伏見貞宗」 国宝
篭手切江
無銘 金象嵌コテ切義弘/銀象嵌稲葉丹後守所持
太刀
銘 国光
太刀
菊御作

関連項目