奥州丸

奥州丸(おうしゅうまる)  

日本三大仇討ちの一つとして知られる曽我兄弟の兄、十郎祐成が工藤祐経を討ち果たしたとされる刀

来歴  

  • 元は平清盛の四男、新中納言と呼ばれた平知盛が所持した太刀で、屋島の合戦の際に船中に取り忘れてあったのを幕府御家人である曾我太郎祐信が見つけることとなる。
  • 祐信は源義経に献上したが、義経は祐信に取らせた。

曽我兄弟  

  • 兄弟である曾我祐成・時致は、もと河津祐泰の息子。
  • 祐泰は、安元2年(1176年)10月、伊豆国伊東荘を巡る所領争いにより、同族の工藤祐経に矢を射られて落命する。
  • 祐泰の妻(横山時重の娘)は5歳の十郎(祐成)、3歳の五郎(時致)2人を連れて曾我祐信と再婚した。

曾我兄弟の仇討ち  

  • 後に、祐信から養子の十郎祐成へ元服の際の引出物として譲られたという。
  • 工藤祐経を討ち果たした後、十郎祐成は仁田四郎忠常と一騎打ちとなり、その際に刀身が鍔元から折れてしまったという。