葉二
葉二(はふたつ)
龍笛
葉二(鬼の笛)
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- 龍笛のひとつ
概要
- 「歯二」とも
- 源博雅(みなもとのひろまさ)が朱雀門の鬼と交換で入手した笛。
また命せられて云はく、「葉二は高名の横笛なり。朱雀門の鬼の笛と号くるはこれなり。
江談抄のみ、博雅が受け取った笛と、浄蔵が受け取った笛とは別物であるとしている。次の博雅および浄蔵の没年の矛盾と合わせて、本来は浄蔵の逸話、あるいは鬼から受け取った人物が不明であったものを、後から博雅の物語へと変えたことから矛盾が生じたとする指摘もある(「中世の文学」所収「東斎随筆」補注)。それによれば、葉二とは別にこの博雅が羅生門の鬼から玄象(琵琶)を取り戻す逸話(今昔物語集)があり、さらに博雅が笛を吹くと鬼瓦が落ちたという逸話(江談抄)もある。これらの逸話からの連想ではないかとする。
- 後に浄蔵という笛の名人に吹かせたことで鬼の笛であったことが判明する。
浄蔵聖人笛吹きて、深更朱雀門を渡るに、鬼大声にて感ず。それより、この笛を件の聖人に給ふと云々。
十訓抄では、浄蔵(891-964)が笛を吹いた時期を「三位(博雅)失テ後」としているが、実際は源博雅(918-980)よりも浄蔵が16年早く亡くなっており矛盾している。
続教訓鈔では、この矛盾について「但此記頗ル不審也、博雅ハ浄蔵ヨリノチノ人ナリ、生年トイヒ、死去トイヒ、コトノホカノ相違ナリ、浄蔵ハ寛平三年辛巳生ル、康保元年十一月廿一日入滅、<年七十四>、」博雅ハ、延喜十九年乙卯生ル、天元三年九月廿八日薨、<年六十二、>」と注釈している。
- 笛には葉が二つついており、一つは赤、もう一つは青かったために、「葉二(はふたつ)」と呼ばれた。「鬼丸」とも呼ばれる。
この笛には葉二つあり。一つは赤く、一つは青くして、朝ごとに露おくといひ伝へたれば、「京極殿御覧じける時は、赤葉落ちて、露おかざりける」と、富家入道殿(藤原忠実)、語らせ給ひけるとぞ。
その後の来歴
一条帝→花山院御匣殿→藤原道長
- 後に一条帝、花山院御匣殿、御堂入道藤原道長、宇治殿藤原頼道と受け継がれ、宇治平等院経蔵に納められたという。
葉二となづけて。 天下第一の笛なり。 其後つたはりて。 御堂入道殿(藤原道長)の御物に成にけるを。 うぢ殿(藤原頼通)平等院をつくらせ給ひけるに。 御經藏に納られにけり。 此笛に葉二あり。一 はあかく。一 はあをし。 朝毎につゆをくといひ傳たれば。 京極殿(藤原師実)御覽じける時は。 赤葉おちて露をかざりけりと、富家入道殿(藤原忠実)語らせ給ひけるとぞ。笛には
皇帝 、團亂旋 、師子、荒序、これを四つの秘曲といふ。それにおとらず秘するは、萬秋樂の五六帖なり。笛の最物は、青葉、葉二、大水龍、小水龍、頭燒、雲太大丸、これ等なり。名によりて、各由緒ありといへども、長ければ略す。寛弘七年正月十一日
従華山院御匣殿許得横笛、歯二、只今第一笛也、左宰相中將和琴、是故小野宮殿第一物鈴鹿、頼親朝臣獻箏、螺鈿、
(御堂関白記)寛弘七年正月十五日裏書
御送物三種、笛御筥、笙·横長〔歯二〕
(御堂関白記)御贈物、笛歯二つ、筥に入れてとぞ見はべりし。
(紫式部日記)
道長の前所持者の「花山院御匣殿」については、大日本古記録では「平祐之女カ」(中務)としているが、その娘・御匣殿別当平平子であるともされる。
- 清少納言の「枕草子」にも、御前にさぶらふ御笛として載っている。
御前にさふらうものどもは、御琴も御笛も皆めづらしき名つけてこそあれ。琵琶は玄上(絃上)、牧馬、井手、渭橋(ゐけう)、無名など。又和琴なども、朽目、鹽竈(塩釜)、二貫などぞ聞ゆる。水龍、小水籠、宇多法師、釘打、葉二なにくれと多く聞こえしかど、忘れにけり。宜陽殿の一のたなにといふことぐさは、頭中將こそし給ひしか。
道長→後一条院
- 寛弘7年(1010年)正月11日、道長の元にあった時、後一条院がこの笛を召したという。その際に伝言ゲームのような(はふたつ→歯二つ)やり取りがあったと伝わる。
その後、次第に伝へて入道殿(道長)に在り。後一条院御在位の時、蔵人某をもって、この笛を召さる。蔵人笛の名なるを知らず。ただ「はふたつ参らせさせ給へ」と申すに、入道殿、「何事も承るべきに、歯二つこそえ欠くまじけれ。もしこの葉二の笛か」とて進らしめ給ふ」と云々。
円融天皇 ├───一条天皇 ─┬藤原詮子 ├────┬敦成親王(後一条天皇) └藤原道長 ┌藤原彰子 └敦良親王(後朱雀天皇)──尊仁親王(後三条天皇) ├──┼藤原頼通 ├──────────親仁親王(後冷泉天皇) │ └────────藤原嬉子 源倫子
「江談抄」では上記の通り「後一条院」と「入道殿=道長」の間のやり取りとしているが、「十訓抄」では入道殿ではなく「宇治殿=頼道」とする。これは天皇家に献上したはずの葉二が、平等院経蔵(平等院開基は頼道)に収められることの矛盾点を、十訓抄著者が解決したものと見られている。また神田本江談抄では、後一条院ではなく「後冷泉院」であるとするものもあり、混乱が見られる。
また敦良親王(一条天皇の第三皇子。後の後朱雀天皇)の五十日 の祝で献上したともいう。
- 康和2年(1100年)正月22日、藤原師実は藤原忠実に「青竹」と「葉二」を与えている。
賜笛、件笛者日本第一之物也、雖青竹・葉二、敢以不可勝也、猶此笛者頗勝歟、
藤原忠実は師実の孫。師実の子・師通は承徳3年(1099年)6月に悪瘡を患い38歳で急死した。そのため、藤原北家御堂流の家督は孫の忠実が相続することとなった。
- のち、関白・藤原忠実は、「葉二」が日本第一の横笛(龍笛)であるとしている。忠実によれば、第二は青竹、第三は柯亭、第四は大水龍、第五は小水龍であるとしている。
禪定殿下ノ仰云、本朝ノ横笛ハ葉二ヲモテ第一トス。此笛他竹ニ不似、其色赤キ事銅カケタル鞦ニコトナラズトイヘリ。第二ハ青竹、第三ハ柯亭、第四ハ大水龍、第五ハ小水龍ナリ。
禅定殿下は藤原忠実。藤原忠実は富家殿、あるいは知足院殿と呼ばれた。長男の藤原忠通は法性寺殿(法性寺入道前関白太政大臣)、次男の藤原頼長は悪左府と呼ばれた。
堀河天皇?
- 康和3年(1101年)、堀河天皇は宮中でこの「葉二」を吹いている。
十二月廿五日、辛亥、天晴、戌剋雨降、(略)
辰剋許参御前見御笛、其中葉二是笛名也、勝也、右大辯宗忠朝臣、四位少將宗輔朝臣、余候御前、御前御笛聲實以神妙也、堀川院勅定ニ云、笛ハ青竹葉二也𪜈、
- この後、「葉二」は登場しなくなる。
- 「葉二」の来歴を”わかっている範囲で”つなぐと次のようになる。
源博雅─……─一条天皇──花山院御匣殿──藤原道長──(藤原頼道)──┐ │ ┌──────────────────────────────────┘ │ └─後一条天皇─……─堀河天皇──────
あるいは強引につなぐと、「道長──後一条天皇──藤原頼道──堀河天皇」ということになるのかもしれない。
確実に同物である証拠や伝来の傍証があるわけでもなく、当然ながら「史実」でもなんでも無い。
- 「青葉」と呼ばれたともいう。
逸話の登場人物
源博雅
- 源博雅は、醍醐天皇の息子である兵部卿・克明親王の長男(醍醐天皇の孫)にあたる。官位は従三位・皇后宮権大夫。高名な安倍晴明と同時代の人物。
- 延喜18年(918年)生まれ、天元3年(980年)没。
- 管弦の名手で知られ、「博雅三位」(はくがのさんみ)、「長秋卿」と呼ばれる。雅楽に優れ、楽道の伝承は郢曲を敦実親王に、箏を醍醐天皇に、琵琶を源脩に、笛は大石峰吉、篳篥は峰吉の子・富門と良峰行正に学んだ。
- 名笛「葉二」のほかにも、琵琶の名器「玄象(げんじょう)」を羅城門から探し出し、逢坂山の蝉丸のもとに3年間通いつづけて遂に琵琶の秘曲「流泉(りゅうせん)」「啄木(たくぼく)」を伝授されるなど、今昔物語などの多くの説話に登場する。
逢坂山とは、京都から近江に抜ける位置にある滋賀県大津市の山。南側には「逢坂関」が置かれており、平安時代中期以降は不破関と鈴鹿関と並び三関の一つであった。蝉丸作とされる百人一首の「10番:これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関」という歌には、「逢坂の関に庵室を造りて住み侍りけるに、行きかふ人を見て」という詞書がつく。この逢坂の関の庵室は、逢坂山の南にあったとされる。
- 夢枕獏の小説「陰陽師」において、源博雅は主人公安倍晴明のパートナーとして登場し、活躍する。
浄蔵(じょうぞう)
- 浄蔵は平安時代中期の天台宗の僧。浄蔵貴所。父は当代一の文章博士と呼ばれた三善清行(従四位上・参議)。
この三善清行の子、あるいは弟と伝わるのが日蔵である。天慶4年(941年)に金峰山で無言断食の修行をして8月1日に息絶えたが、執金剛神の化身と名のる僧が現れ冥府六道に導かれたという。日蔵は、そこで太政威徳天神となった菅原道真と、地獄で苦しむ醍醐天皇と藤原時平の姿を見る。地上の天皇への伝言を受け、帰路を教えられて同月13日に蘇生したという蘇生伝説で有名(道賢上人冥途記)。道賢とは日蔵の前の法号で、太政威徳天に授けられた札により改名する。寛和元年(985年)に死去。
- 寛平3年(891年)生まれ、康保元年(964年)没。
- 宇多法皇に師事して出家。比叡山で玄昭に密教を、大慧に悉曇を学んだ。北野天神縁起絵巻によれば、909年(延喜9年)怨霊となり藤原時平を祟っているという菅原道真を調伏しに行くが、時平の両耳から青竜に化現した道真が現れ祈祷を制止したので調伏を辞退した。また935年(承平5年)から940年(天慶3年)にかけて平将門が関東で乱をおこすと、その調伏のため修法を行い霊験があり、その他にも験があたったという。美声の声明を行うことでも知られ、天文・医薬・占・管弦などに通じていたという。
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