蛇切丸

蛇切丸(じゃきりまる)  

太刀
二尺有余

  • 池の主である大蛇同士が戦ったという伝承に登場する刀。

来歴  

  • 松代(まつだい)の蒲生ヶ池には竜神(大蛇)の主がいたが、こどもが姫ばかりで男子がなかった。
    松代は新潟県十日町市松代(まつだい)で、松代(まつしろ)藩の置かれた長野市松代町とは異なる。上杉謙信が、春日山城からこの松代を通り三国峠へ抜けるルートを軍道として整備し、江戸時代には松之山街道(現在の国道253に沿うルート)と呼ばれた。
  • そこで、浦田の鼻毛ヶ池の主に相談したところ、御坂峠を超えた先にある野々海(ののみ)池の主によい男子が居ると教わる。
    鼻毛ヶ池は、現在新潟県上越市大島区牛ケ鼻。鼻毛ヶ池の側には牛ヶ鼻鉱泉(鼻毛の池温泉)などがある。野々海池は現在長野県飯山市の北端の池。この話は、新潟県十日町市の西側を舞台とした話である。
  • 蒲生ヶ池の主に媒酌を頼まれた鼻毛ヶ池の主が、さっそく野々海池の主に話を持って行ったところ、「あのような汚れた池の主には息子はやれない」とけんもほろろに断られてしまう。
  • それを聞いて怒ったのが蒲生ヶ池の主で、媒酌人としての顔を潰された鼻毛ヶ池の主と相談し、野々海池の主への復讐を企てる。蒲生ヶ池の主は水梨の中屋から、また鼻毛ヶ池の主は浦田の小坂からそれぞれ宝剣を拝借して野々海池の主を退治することになる。
  • 野々海池に到着すると、蒲生ヶ池の主は鼻毛ヶ池の主に向かって「それでは私は池に入って野々海池の主を倒す。私は白い波になり相手は赤い波になる。だから水面に赤い波がでたら切りつけ、白い波がでたら応援して欲しい」というと池に飛び込んでいった。
  • まもなく水面には赤い波や白い波が交互に現れ、戦いは七日七晩に渡ったという。やがて野々海池の主を倒した蒲生ヶ池の主が現れ、戦いは終わる。野々海池の主の体から流れる血は渋海川を真っ赤に染め、さらに大島の方にも流れたために、付近には今も「血染めの竹」が残るという。
    この時、応援したのが鼻毛ヶ池の主といい、あるいは蒲生ヶ池の主が刀を借りた浦田の小坂(高沢家三兄弟の上二人)ともいう。
  • 鼻毛ヶ池の主は水梨の中屋に刀を返し、この刀はその後長らく家屋の棟に突き刺さっており、さらに竜(大蛇)の牙も横にあったという。
    刀があったのは浦田の小坂高沢家の家の棟ともいう。