平家物語


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 平家物語(へいけものがたり)

軍記物語
作者不詳

Table of Contents

 概要

  • 保元の乱および平治の乱に勝利した平家と、敗れた源氏の対照的な姿。その後の源平の戦いから平家の滅亡、そして没落しはじめた平安貴族と、新たに台頭した武士たちの人間模様などを描いた軍記物語。
  • 「祇園舎精の鐘の声……」の有名な書き出しでも広く知られている。

    祇園精舎(ぎをんしやうじや)の鐘の(こゑ) 諸行無常の(ひゞき)あり
    沙羅雙樹(しやらさうじゅ)の花の色 盛者必衰(しやうしやひつすゐ)(ことわり)(あらは)
    (おご)れる人も久しからず (ただ)春の夜の夢の如し
    猛き者も遂には滅ぬ (ひとへ)に風の前󠄁の(ちり)に同じ
    (平家物語 巻第一 祇園精舎)

  • 灌頂巻(女院往生譚)で建礼門院徳子の往生を描いたことで、物語全体に平家一門の鎮魂歌としての性格が強く現れた。これにより物語巻一冒頭との対比が成立し、人々に深く感銘を与えることになったと評価されている。また単なる読み物ではなく、平曲として語り継がれたことによって文章に一定のリズムが刻み込まれ、全体として飽きさせない内容へと磨かれることになったことも大きく、800年経った今も様々な形で影響を与えている。

 成立

  • 正確な成立時期はわかっていないが、藤原定家によって仁治元年(1240年)に書写された「兵範記」(平信範の日記)の仁安三年十月の紙背文書に、

    治承物語六巻号平家候間、書写候也、未出来候て可入見参□申存候

  • とあるため、それ以前に(便宜的に「原平家物語」と呼ばれている)ある程度の部分が成立していたと考えられている。
    あくまで「治承物語」と呼ばれていた六巻本の話であり、現在伝わる平家物語諸本との関係は不明。
  • 遅くとも、延慶本の本奥書である延慶2年(1309年)以前には成立していたものと考えられている。

    本云 于時延慶二年己酉七月五日於紀州那珂郡根來寺石挽院之内禪定院之住房書寫之穴賢不可有外見披覧之儀而已   執筆榮嚴生年三十
    (第三本奥書)

    本云 于時延慶三年丁戊正月廿七日子尅於紀州那珂郡根來寺禪定院之住房書寫之畢聊不可有外見而已   執筆榮嚴生年三十一
    (第六本奥書)

    これによりいわゆる延慶本は、まず延慶2年(1309年)以前に成立していたものを榮嚴が根来寺の禅定院にて延慶2年(1309年)秋から延慶3年(1310年)正月にかけて書写し、さらにおよそ100年後である応永26年(1419年)3月~応永27年(1420年)8月頃までに根来寺諸院にて書写されたことがわかる。

 作者

  • いくつかの説があるが判然としない。
  1. 【信濃前司行長】(行長・生佛合作):元徳2年(1330年)頃成立とされる吉田兼好「徒然草」226段による。「信濃前司行長」は、九条兼実に仕えていた家司で、藤原顕時の孫である下野守藤原行長ではないかと推定されている。下記系図参照

    後鳥羽院の御時、信濃前司行長、稽古の誉ありけるが、(略)この行長入道、平家物語を作りて、生佛といひける盲目に教へて語らせけり。さて、山門の事を殊にゆゝしく書けり。九郎判官の事は委しく知りて書き載せたり。蒲冠者の事はよく知らざりけるにや、多くの事どもを記し洩らせり。武士の事、弓馬の業は、生佛、東国の者にて、武士に問ひ聞きて書かせけり。かの生佛が生れつきの声を、今の琵琶法師は学びたるなり。

    ※九郎判官:義経、蒲冠者:源範頼
  2. 【葉室時長】(時長・光行合作):「尊卑分脈」、「醍醐雑抄」、「平家物語補闕剣巻」による。同様に藤原顕時の孫であるとする。ただし合戦のことについては不勉強であったため源光行に誂えてもらったものとする。

    一平家作者事
    或平家双紙奥書云、当時命世之盲法師了義坊実名如一之説云、平家物語中山中納言顕時子息、左衛門佐盛隆其子、民部権少輔時長作之、又将門保元平治已上四部同人作云。
    此時長前作平家廿四巻本、籠伊勢大神宮訖 是佐渡院之御時也順徳帝是也 後嵯峨院御在位之時、吉大弐輔常作之 平家物語民部少輔時長書之、合戦事依無才学、源光行誂之、十二巻平家資経卿書之
    又鵲談集第七云
    平家の物かたりは民部少輔時長かきたりけるを、合戦の事をばさいかくなしとて源光行にあつらへたりけるとなむ、十二巻平家と云物、資経卿書之
    (醍醐雑抄)

    なお「醍醐雑抄」は報恩院主隆源(1342-1426)の著。
    ・本文に登場する「如一」は、「徒然草」成立よりも2・30年昔の琵琶法師であるとされる。引用文のうち「如一之説云」以降「十二巻平家資経卿書之」までの漢文部分はその如一の記した内容である。
     ・「源光行」(1163-1244)は父・源光季が平家方であったため助命嘆願を行い、その後は頼朝のブレーンとなった。政所の初代別当。源氏物語の研究者で源氏物語の注釈書である『水原抄』の著者。
     「資経卿」は吉田資経(1181-1251)。藤原北家勧修寺流吉田家、参議・吉田定経の長男。参議、大宰大弐に任ぜられ吉田大弐と号した。"輔常"は資経の誤記とされる。

    雑然としているが、まとめると次のようになる。
    1.葉室時長:順徳帝(84代、在1210-1221)の時に二十四巻本を作り伊勢神宮に納めた
    2.吉田資経:後嵯峨帝(88代、在1242-1246)の時に十二巻本を作った
    3.(鵲談集第七も引いて)時長・光行合作:葉室時長が作ったが合戦部分は光行に誂えてもらった
    これらの年代と上記藤原定家の仁治元年(1240年)という紙背文書の内容とは矛盾せず、むしろこれらの記述を裏付けるものとなっている。

    ※下野守藤原行長や葉室時長の祖父である藤原顕時(1110-1167)は、藤原北家勧修寺流因幡守・藤原長隆の子。官位は従二位・権中納言。「中山中納言」と号された。顕時は平家物語にも登場し、清盛が大小相談に乗ってくれた恩人であるとして、子の藤原行隆に便宜を図っている。
    【藤原北家勧修寺流】
    
    (号勧修寺)         (吉田家祖)      (十二巻本平家作者)
    藤原為房┬藤原為隆──光房──吉田経房──吉田定経──吉田資経
        │
        │
        │
        ├藤原顕隆─┬顕頼─┬光頼──行慶
        │(葉室祖)│   ├成頼(高野宰相入道)
        │     │   ├顕忠
        │     │   └藤原祐子(建春門院母)
        │     │
        │     └顕長──長方
        │
        │     (号中山中納言)        (二十四巻本平家作者)
        └藤原長隆──藤原顕時─┬藤原盛隆─────藤原時長───藤原光遠
                    │ 母は藤原信輔女  民部少輔
                    │          正五位下
                    │
                    ├藤原盛方
                    │ 母は平忠盛女
                    │ 蔵人頭
                    │
                    │
                    ├藤原時光─────藤原時長
                    │ 母不明      民部権少輔
                    │ 修理太夫     従四位上
                    │ 正四位上
                    │
                    │(葉室行隆)   (中山行長)
                    └藤原行隆─────藤原行長
                      母は右少弁有業女 母美福門院越前
                      治部大輔     従五位下野守
                      中宮大進     ※徒然草の言う作者?
    
    
    【平家との関係系図】
    
                    藤原成子(高倉三位)┌式子内親王
                      ├───────┴以仁王
                    後白河天皇            ┌順徳天皇
             二条大宮半物   ├───高倉天皇─後鳥羽天皇─┴土御門天皇
              │ ┌───建春門院平滋子├───安徳天皇
              ├─│──┬二位尼平時子 │
    桓武平氏┬高棟流…平時信│  │ │   ┌建礼門院平徳子
        │     │ │  │ │   ├平知盛(新中納言)
        │     │ │  │ ├───┴平宗盛
        │     ├─┤  │ │     ├───平清宗
        │     │ └──│─│────平清子
        └高望流………平忠盛┬─平清盛
              │   ││ ├───┬平重盛─┬平維盛
              │   ││高階基章娘└平基盛 └平資盛
              │   ││
              │   │└──平時忠─源義経妾(蕨姫)
              │   │    ├─┬平時宗
              │   └─女  │ └平宣子
              │     ├──│─藤原盛方
     ┬藤原長隆────│──藤原顕時─┬藤原領子
     └葉室顕隆─顕頼─藤原祐子    ├藤原盛隆──藤原時長(平家作者)
                      ├藤原時光
                      └藤原行隆──藤原行長
    
    
    

    累祖大中大夫藤原時長者平大納言時忠公類族而平氏盛衰見聞而私記之。其後諸氏加筆之遂成数巻施行于近世焉
    (平家物語補闕剣巻)

    要するに葉室家の誰かが、先祖・藤原時長(平時忠の類族)が書き留めた平家物語を、後世に補闕したという。時長は平家滅亡を見聞したままに記したが、諸氏の加筆が数巻に及んでいるという。
     なおこの補闕剣巻は貞和2年(1346年)の補正が加えられたものとされ、「旧本」にあった内容を元にしているという。
     系図で明らかなように、北家勧修寺流の中山中納言(藤原顕時)と平家一門とは複数の縁戚関係が存在し、身近な存在であったことがわかる。藤原顕時の娘・藤原領子と結婚した平時忠は、壇ノ浦で捕虜となり、能登へと流されそこで没した。藤原顕時の孫は、平家物語(原平家を含む)の作者としてはうってつけな存在とも言える。
  3. 【西仏】:親鸞の高弟で法然門下の西仏という僧。西仏房覚明。
    この西仏は、大谷本願寺や康楽寺(長野県篠ノ井塩崎)の縁起によると、信濃国の名族滋野氏の流れを汲む海野小太郎幸親の息子で幸長(または通広)とされており、京の院御所で勧学院文章博士となった後に出家、その後紆余曲折を経て大夫坊覚明の名で木曽義仲の軍師(右筆)として、この平家物語にも登場する人物である。
  • つい「どれが正しいのか?」という話になりがちだが、どうも同時発生的に並行して原平家物語というべきものが出来上がっていったのではないかという指摘もある。
作者説諸本出典
葉室時長説源平闘諍録?尊卑分脈/醍醐雑抄/鵲談集
葉室時長・源光行合作説源平闘諍録醍醐雑抄/鵲談集
吉田資経説四部合戦状本
藤原為家説南都本?平語偶談
菅原為長説語り本か?臥雲日件録
玄慧法印説源平盛衰記編者の一人?臥雲日件録/蔗軒録
高野宰相説原平家物語前の諸平家?平家勘文録
善恵比丘尼説
桜町中納言成範説
権大納言助高説
光之中納言説
玄用(憲耀)法師説平家勘文録/天地根源歴代図
悪七兵衛景清・平時忠説平家勘文録/臥雲日件録
願教法師説不明陰徳太平記

 諸本

  • 平家物語は諸本が非常に多い事で知られる。
  • 平家物語が最初に書かれた後、琵琶法師による語り(平曲)により広められたとされており、その口承により伝わってきた「語り本系」(語り系、当道系)と、読み物として増補されてきた「読み本系」(増補系、非当道系)とに大きく分けられる。

 語り本系

  • 語り本は当道座に属する盲目の琵琶法師によって琵琶を弾きながら語られた。これを「平曲」と呼ぶ。節を付けて歌うことで、内容が叙事的なので「歌う」と言わずに「語る」という。平曲に使われる琵琶を平家琵琶と呼び、構造は楽琵琶と同じで、小型のものが多く用いられる。
    琵琶は古代中国から伝わったもので、古くは奈良時代に器楽としての琵琶楽があり、それと同時代家あるいはそれより先んじて声楽の琵琶楽とに分けられる。琵琶法師はこのうち後者に属していたもので、『法華経』方便品第二に、琵琶などの楽器を奏で仏を供養する「妙音成仏」の思想が説かれていることから、仏説座頭、地神経座頭などと呼ばれていた。天台宗系の玄清法流の開祖・玄清法印(766-823年)は、17歳で眼病を患い失明したあと、盲僧の祖であるインドの阿那律尊者にならい盲僧琵琶の一派を開いたとされる。鎌倉時代に成立した「平家物語」を琵琶の伴奏に合わせて語る平曲が完成し、主として経文を唱える盲僧琵琶と、『平家物語』を語る平家琵琶(平家座頭)とに分かれたとされる。

    なお、近世以降に成立した薩摩琵琶や筑前琵琶でも平家物語に取材した曲が多数作曲されているが、音楽的には全く別のもので、これらを平曲とは呼ばない。
  • 語り本系の系譜
    • 鎌倉後期の平曲奏者・城一(じょういち、了義坊とも)が、平家琵琶を創始した生仏(生佛)の弟子・城正(城生)検校から琵琶を伝えられたという。
                  (八坂流)
      生佛──城正──城一─┬城玄──城意──磯存─┬城竹
                 │           └城順
                 │
                 └如一──覚一─┬定一
                  (一方流)  ├通一
                         ├霊一
                         ├清一
                         └景一
      
      ※諸説あり
      
      城正は城生とも。
       城玄(八坂城玄)は城元とも。久我家の久我通光(後久我太政大臣)の甥。城一の弟子あるいは、城正の弟子ともいう。花園天皇に召されて平家物語を天聴に達した。
      如一は生仏の弟子である城正の弟子であり、門弟に城玄と如一があるというが、別伝には如一の弟子が城一と覚一だともある。
       覚一は明石覚一。足利尊氏の従弟で明石を領し、中年まで播磨書写山の僧侶であったが、急に失明し琵琶法師になったという。自分の屋敷に当道座を設立し、みずから惣検校となり、明石検校ともよばれた。
  • 城一のあと、八坂城玄と坂東如一の2人がそれぞれ「八坂流」、「一方流(都方流)」に分れ、異なる伝承をするにいたったと伝えられる。 八坂流は城方ともいい、伝承者の名前に城の字が入り、同様に一方流は一または都(いち)の字が入る。
  1. 【一方流系(覚一本)】:壇ノ浦で海に身を投げながら助けられ、出家した建礼門院が念仏三昧に過ごす後日談や、侍女の悲恋の物語である「灌頂徴」がある。
    1. 【覚一本】:十二巻本。「大覚寺文書」によれば、覚一が死去する3月前に弟子定一に与えたものという。一方流語り本のうち最古とされる。灌頂巻の巻末に、覚一署名の奥書がある。

      于時応安四年辛亥三月十五日、平家物語一部十二巻付灌頂当流之師説、伝授之秘訣、一字不闕、以口筆令書写之、譲与定一検校訖、抑愚質余算既過七旬、浮命難期後年、而一期之後、弟子等中雖為一句、若有廃忘輩者、定及諍論歎、仍為備後証所令書留之也、此本努々不可出他所、又不可及他人之被見、附属弟子之外者雖為同朋并弟子、更莫令書取之、凡此等条々背炳誠之者、仏神三宝冥罰可蒙厥躬而已。
               沙門覚一

      覚一は、後年弟子たちの間に詞章のことで諍論が起きることを嫌い、自らの詞章を文字に記し、そrを定一検校に譲ることで意思を示し、のちの一方系平曲家もその意思を尊重し厳守したのだという。
    2. 【祇王・小宰相を"欠き"、覚一奥書があるもの】:龍谷大学本、高良神社本、寂光院本、陽明文庫本
    3. 【祇王・小宰相が"あり"、覚一奥書があるもの】:高野本、龍門文庫本、天理図書館本、西教寺文庫本
    4. 【覚一奥書を欠く】:熱田真字本、内閣灌頂本、芸術大学本
    5. 〔室町期一方系語り本〕
      ・覚一本高野本
      ・西教寺本
      ・龍門文庫本
      ・灌頂本
      ・芸術大学蔵本
      ・葉子十行本:京都府立図書館、米沢私立図書館など
      ・京都大学国文学教室本
      ・康豊本:彰考館、尊経閣蔵
      ・京師本:上野図書館蔵
      ・神宮文庫本:林崎文庫旧蔵
    6. 〔江戸期一方系語り本〕
      ・流布本:元和七年刊本が初刊。
      ・波多野流譜本:全十冊。堀景山(本居宣長の師)の手書本。
      ・平家正節:全四十巻。萩野検校が尾張藩に抱えられて編集した前田流の定本。
  2. 【八坂流系(城方本)】:平家四代の滅亡に終わる、いわゆる「断絶平家」十二巻本。八坂流系は江戸期には衰退した。
    1. 【屋代本】:八坂流古本。國學院大學蔵。片仮名交り本。
    2. 【鎌倉本】:彰考館蔵。片仮名交り本。表紙に「八坂本」と書いた上で抹消し「鎌倉本」と記す。
    3. 【竹柏園本】:天理大学蔵。片仮名交り本。※「佐々木信綱博士蔵本」「ちくはくえんぼん」
    4. 【百二十句本】:京都府立図書館、国立国会図書館、天理図書館蔵。平仮名本。灌頂巻を特立しない。
    5. 〔室町期八坂系語り本〕
      ・文禄本:東京教育大蔵
      ・東寺執行本:彰考館蔵
      ・中院本:内閣文庫ほか
      ・加藤家本:静嘉堂文庫
      ・両足院本:両足院蔵
      ・如白本:彰考館本
      ・慶長書写城方本:内閣文庫蔵。八坂本。国民文庫で翻刻されており、国民文庫本とも。
  3. 【平松家本・鎌倉本】:屋代本と覚一本の中間的な姿を伝える。
    1. 【平松家本】:京都大学蔵本。真字本。
  • 八坂流は早くに衰え、現在ではわずかに「訪月(つきみ)」の一句が伝えられているのみである。
  • 一方流は江戸時代に前田流と波多野流に分かれた。波多野流は当初からふるわず、前田流のみ栄えた。安永5年(1776年)には名人と謳われた荻野検校(荻野知一検校)が前田流譜本を集大成して『平家正節』(へいけまぶし)を完成させ、以後は同書が前田流の定本となった。
    もともと語り本(覚一本)とは、教習用のテキストではなく、当道系組織の上層部により厳しく管理され、同一性を保ち組織の権威を保つための正本であった。しかし応仁の乱以降に当道系組織の求心力が失われ、久我家の干渉を受け永正16年(1519年)には座組織が分裂・抗争する事態になった(座中天文事件)。こうした混乱の中、正本であり「此本努々不可出他所、又不可及他人之被見、」とされた覚一本についても明応年間にはすでに売買されるようになってしまい、転写が繰り返されたという。
     元和年間には「一方検校衆吟味」と銘打たれた正本が刊行される事態となっている。慶長・元和年間に刊行された平家物語は流布本をふくめ20種近くにのぼったとされる。

 読み本(増補系)系

  • 読み本系には、延慶本、長門本、源平盛衰記などの諸本がある。従来は、琵琶法師によって広められた語り本系を読み物として見せるために加筆されていったと解釈されてきたが、近年は読み本系(ことに延慶本)の方が語り本系よりも古態を存するという見解の方が有力となってきており、延慶本は歴史研究においても活用されている。
  • 記事の多い「広本系」と少ない「略本系」とに分かれる。
  1. 【延慶本】:広本系。六巻十二帖。延慶2~3年(1310年)に、紀州根来寺で書写された本を、同寺でさらに百年ほどを経た応永年間に書写したもの。大東急記念文庫蔵本。片仮名交り本。灌頂巻を特立しない。
  2. 【源平盛衰記】:平家物語の異本のひとつ。48巻。著者不明。蓬左文庫ほか。平仮名交り本。二条院の応保年間(1161年 - 1162年)から、安徳天皇の寿永年間(1182年 - 1183年)までの20年余りの源氏、平家の盛衰興亡を百数十項目にわたって詳しく叙述する。平家物語を元に増補改修されており、源氏側の加筆、本筋から外れた挿話が多い。その冗長さと加筆から生じる矛盾などを含んでおり、文学的価値は平家物語に及ばないとされるが、「語り物」として流布した平家物語に対し、「読ませる事」に力点を置かれた盛衰記は「読み物」としての様々な説話の豊富さから、後世の文芸へ与えた影響は大きい。写本に静嘉堂文庫本。古活字本に内閣文庫本、静嘉堂文庫本、龍谷大学蔵本などがある。
    ただし、「平家物語」と「源平盛衰記」との関係は複雑で、先後関係については諸説ある。
  3. 【四部本】:「四部合戦状第三番闘諍」。四部合戦書(しぶかっせんしょ)。慶應義塾大学ほか。真字本。従来「略本」「小増補系」と呼ばれてきた。十二巻と「平家灌頂巻一通付十二巻裏書」(灌頂巻)計10冊。「阿波文庫蔵本」、「伴信友本」、「黒川本」、黒川本の転写本である「宮内庁図書寮本」などがある。いずれも巻二、巻四、巻八を欠く。灌頂巻に「文安四年卯月五日」の識語がある。また「伴信友本」奥書に「文安三年丙寅九月十四日」とある。
    ※「四部合戦」とは、「保元物語」「平治物語」「平家物語」「承久記」を一括して呼ぶ総称。各作品のどの伝本がこれに相当するかは不明だが、平家物語だけこの「四部合戦状本」が伝わる。

    此平家に四部の合戦状あり。いはゆる保元の昔は主上上皇の国あらそひ。源平両家の軍兵一所に付事もなく。父子箭先を射ちがへ。兄弟刃を合て主従讐敵となるを。本朝第一番の合戦状と名付。

  4. 【南都本】:従来「略本」「小増補系」と呼ばれてきた。彰考館蔵。片仮名交り本。十二巻。灌頂巻を立てない。
  5. 【南都異本】:彰考館蔵。真字本。十二巻。
  6. 【源平闘諍録】:従来「略本」「小増補系」と呼ばれてきた。内閣文庫蔵。真字本。巻一の上下、巻五、巻八上下の5巻のみ。源光行(上述)が主な著者と考えられている。巻一下巻末に「本云建武二二年二月八日 又文和二二年三月廿三日書之」の識語がある。
    源平闘諍録 ─ 国立公文書館 デジタルアーカイブ
  7. 【長門本】:広本系。二十巻。赤間神社蔵など。灌頂巻がある。写本に、彰考館本、静嘉堂文庫本、教育大学蔵本、陽明文庫本、刈谷文庫本、阿波文庫本などがある。

戦後の平家物語研究において、読み本系「平家物語」は「広本」「大増補系」などと呼ばれる延慶本・長門本・源平盛衰記と、「略本」「小増補系」などと呼ばれる四部本・源平闘諍録!及び南都本とに二分されてきた。当時は諸本研究が主であり、中でも四部本(四部合戦状本)が古態本であるとみなされていた。
 しかしこの分類では別系統なはずの、四部本と源平盛衰記との間での共通性などの説明がつかない矛盾も指摘されてきた。その後、平家物語の諸本研究においては古態論争が主流となり、「延慶本古態説」が大きな影響を与え通説化したため、1980年代以降の研究では延慶本が古態であることを前提とし、「広本」「略本」という分類は意味をなさなくなっている。
 現在平家物語研究者の間では延慶本が原態に近いものとして用いられているが、教育現場や一般の流通書籍においては(語り本系)覚一本が用いられる事態となっている。

 「灌頂巻」について

  • 灌頂巻は四部合戦状本成立後まもなく成立したものと見られており、増補系(四部合戦状本・長門本・源平盛衰記)、語り系では竹柏園本を経て覚一本において完成したと見られている。
  • まず増補系の四部合戦状本で十三世紀なかばに特立され、その後語り系へと影響を与えた。当時語り系では六巻本から十二巻本へと成長したばかりの混乱期であったため詞章を整えるのに掛り切りで、灌頂巻特立は後回しにされた。数十年を経てようやく竹柏園本がまず灌頂巻を取り入れ、その後鎌倉本、覚一本で特立した。
  • 竹柏園本では巻十二の女院記事をすべて最後部へと写し事実上の灌頂巻を立て(るが巻十一の女院記事はそのままとした)、その後鎌倉本では「六道」を大増補し、その後の覚一本では女院記事をすべて抽出した上で灌頂巻として特立させるに至ったとされる。

 「剣巻」について

  • 「平家剣巻」(屋代本平家物語の別冊)、「平家物語剣巻」(長禄本)。「太平記」または「源平盛衰記」の付録としても流布されてきた書籍。屋代本では別冊として、また百二十句本では巻第十一(百七・百八句)に組み込まれている。
  • まず原型と呼べるものが四部合戦状本で現れ、それは愚管抄を参考にしたものであったと推定されている。その後屋代本、鎌倉本もほぼ同様であり、覚一本でかなり増補され、百二十句本では上下に分かれた。
  • つまり早くは13世紀なかば(屋代本)、遅くとも15世紀(百二十句本)には成立していたとされる。
  • しかし剣巻、鏡巻、宗論については鎌倉時代に入ると平曲の中でも「大秘事」とされ、次第に諸本から削除され室町時代末期の下村刊本に至り、大秘事三句が本文から削除されてしまう。
  • この剣巻については、昔から平家物語に含めるか否かの議論が行われてきた。

      劔巻七
     参考太平記凡例に印本今行于世者巻有劔巻、活字本及九部異本並ム甞於南都得劔巻舊本題云平家物語劔巻、蓋劔巻元當附平家物語而近來誤附太平記耳とあり、又屋池輪池翁所藏古寫本平家物語に亦劔巻を附したり、されば平家物語に附すべき事論なきに似たり、然るに承應二年開板の畢行本劔巻三巻有を見しに巻首につるきのまきと題してあひた々に繪あり按に新増書目録に劔巻三巻とあり今考るにもと繪巻物にて平家物語にもまた附したる物にはあらで各別なる書なるべしいか□といふに平家物語と劔巻と抵牾する事あり
     その上平家物語に附すべくは小烏抜丸母子丸等の平家の太刀をこそ載すべきを載ずして源氏太刀のみをあげたるにても別なる書なること明らむべし

    • ※隣接するリンクについては便宜のため中黒「・」を付けた。以下も同じ
  • 灌頂巻(女院往生譚)を入れることで一定の完成が見られた時点で、(鎌倉政権正当性の主張が色濃い)剣巻の内容は鎮魂という性格から外れたものとなり、やがては必要が無くなっていったのだとされる。
  • 以下、頭の番号は並びを示しているだけであり特段の意味はない。
  • 前編
  1. 髭切膝丸の由來
  2. 宇治橋姫の譚
  3. 網鬼の腕を斬る事及び鬼丸の事
  4. 頼光瘧病の事及び蜘蛛切の事
  5. 頼義朝臣の事及び宗任の譚
  6. 義家朝臣の事
  7. 爲義の事
  8. 爲義の娘熊野別當教眞の妻となる事
  9. 熊野別當教眞爲義に御方し吼丸を傳ふる事
  10. 小烏友切の事
  11. 保元合戰の事
  12. 平治合戰の事及び義朝の事
  13. 頼朝髭切を熱田社に納むる事
  14. 頼朝流さるヽ事
  15. 頼朝兵を起し髭切を申出して帯する事
  16. 義經の生立頼朝に對面する事
  17. 木曾義仲の事
  18. 熊野別當湛増源氏に當し義經に吼丸を與ふる事
  19. 義經吼丸を薄緑と改名す
  20. 一の谷合戰 ※1
  21. 逆櫓の口論 ※1
  22. 屋島の焼打等 ※1
  23. 寶劔の亡失
  • 中編:「抑帝王の御寶に神璽寶劔内侍所とて三つあり」以下
    • 上段
    1. 神璽の事 ※1
    2. 天神七代の譚
    3. 日神月神蛭子素戔嗚尊の譚
    4. 第六天の魔王の事 ※1
    • 下段
    1. 寶劔の事
    2. 天の叢雲の劔の事
    3. 天のはヽ切の劔の事
    4. 素戔嗚尊大蛇を斬りて天叢雲劔を得たまふ事
    5. 素戔嗚尊稲田姫を娶る事、神寶を天照大神に奉る事
    6. 鏡の事 ※1
    7. 崇神天皇鏡劔を模造せらるヽ事
      ※平家物語剣巻では、草薙剣は崇神天皇の時代に新鋳され、それが壇ノ浦に沈んだものとしている。一方、現在は主に「熱田太神宮縁記」を元に、日本武尊が「天叢雲剣」改め草薙剣熱田神宮に納め、それ以降は依代が朝廷に保管されてきたとしている。
    8. 日本武尊の東征及び草薙劔の由來
    9. 日本武尊失せ給ふ事及び白鳥となりたまふ事
    10. 熱田大明神の由來
    11. 新羅沙門道行神劔を盗まんとせし事
      ※天智天皇の7年に新羅沙門(僧)が草薙剣を盗み出したことを指す。語り本系では、この後熱田ではなく朝廷に戻ったとする。
    12. 寶劔海に沈む事
  • 後編
  1. 義經腰越驛の事 ※1
  2. 義經薄緑を箱根權現に納むる事
  3. 土佐房俊(※土佐坊昌俊)被討事 ※1
  4. 義經の滅亡の事 ※1
  5. 曾我兄弟仇を討つ時薄緑膝丸を持ちたりける事
  6. 髭切膝丸鎌倉殿に納まる事
  • 「※1」は百二十句本にないもの。このことから、剣巻は、はじめ「愚管抄」を参考にした(宝剣は失われたが源家が朝廷の宝剣となる)ものが葉子七行本に簡易なものとして載り、四部合戦状本など(屋代本・鎌倉本)の増補を受けて百二十句本のようなものになり、最後に現在の姿へと発展していったと見られている。
  • なお中編についてはほとんどが「熱田の深秘(あつたのしむひ)」が元になっているという指摘がなされている。
  • 目次を見れば明らかな通り、剣巻は源家宝剣物語とでも称すべき物語に対して、百二十句本の「つるきのまき」を中心とする前後の記事を入れ込んで作られたものだとされる。

 「平家物語剣巻」世界での宝剣伝承

  • 源満仲により生まれた髭切膝丸という源家の宝剣について、以下の伝承であるとする。
    〔源家宝剣:髭切・膝丸〕
    
    満仲「髭切」─頼光「鬼丸」─頼綱─頼義─義家┐
                          │
    ┌─────────────────────┘
    │
    └─為義「獅子の子」─「友切」─義朝─頼朝「髭切」─熱田大宮司─頼朝
    
     
    満仲「膝丸」─頼光「蜘蛛切」─頼綱─頼義─義家┐
                           │
    ┌──────────────────────┘
    │
    └─為義「吼丸」─熊野別当教真─熊野権現─義経「薄緑」─箱根権現─曽我五郎─頼朝
    
    • 以上で、髭切膝丸の源家宝剣が鎌倉殿に納まったとする。
  • 朝廷の宝剣
    叢雲剣─素戔嗚尊─天照大神─天皇「宝剣」─┬天照大神─日本武尊「草薙剣」─熱田社
                         └崇神天皇新造─安徳天皇:壇ノ浦
    
    天十握剣─天照大神─素戔鳴尊「天羽々斬」─天照大神─布留社(石上神宮)
    
  • 参考)三種の神器の草薙の剣
    叢雲剣─素戔嗚尊─天照大神──┐
                   │
    ┌──────────────┘
    │
    └─天皇─倭姫命─┬伊勢神宮─日本武尊─熱田社
             └朝廷依代─安徳天皇:壇ノ浦
    
    
    • 形代にしろ模造されたにしろそれが壇ノ浦に沈んだものであって、本体はそれ以前から熱田社にあるという理解になる。
  • 上記「剣巻」目次を追えば、前編で源家の歴史と宝剣亡失までを描き、中編では朝廷の宝剣が壇ノ浦で水没したことまでを描く。さらに後編では源家の宝剣が嫡流である頼朝の元に戻ったとして終わる。
  • 結局、剣巻では古代朝廷の草薙剣の例を出すことでその重要性を謳い、源家の宝剣が皇別氏族たる清和源氏(河内源氏)の嫡流である頼朝の元に納まったことを描くことで鎌倉政権の正当性をアピールしていることにほかならないと指摘される。

 関連項目

 参考文献

 平家物語デジタルコレクション

 テキスト

  • 現代語訳:青空文庫:現代語訳 平家物語作家別作品リスト:尾崎 士郎
    • 底本の親本:「世界名作全集 39 平家物語」平凡社 1960(昭和35)年2月12日初版発行
  • 菊池眞一研究室都々逸
    • 平家物語・流布本〔全巻〕
    • 平家物語・城方本(八坂系)〔全巻〕
    • 平家物語・龍谷大学本〔全巻〕
    • 平家物語・延慶本〔全巻〕
    • 平家物語・延慶本読み下し〔全巻〕
    • 平家物語・高野本〔全巻〕
    • 平家物語・長門本〔全巻〕
    • 平家物語・百二十句本・国会本〔全巻〕
    • 平家物語・百二十句本・京都本〔全巻〕

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