壬申検査


 壬申検査(じんしんけんさ)

Table of Contents

 概要

  • 明治4年(1871年)5月23日の太政官布告「古器旧物保存方」により、主に近畿地方を中心とした社寺に「古器旧物」として提出させた。

    第二百五十一 五月二十三日
    古器舊物ノ類ハ古今時勢ノ變遷󠄅制度風俗ノ沿革ヲ考證シ候爲メ其裨益不少候處自然厭舊競新候流弊󠄃ヨリ追󠄃々遺󠄃失毀壞ニ及󠄃ヒ候テハ實ニ可愛惜事ニ候條各地方ニ於󠄁テ歷世藏貯致シ居候古器舊物類別紙品目ノ通󠄃細大ヲ不論厚ク保全可致事

  • この古器旧物目録を元に明治5年(1872年)5月~10月にかけて文化財調査が行われた。明治5年(1872年)の干支により「壬申検査」と呼ばれている。
  • 調査には町田久成や蜷川式胤、世古延世らが参加しており、またカメラでの撮影に向け写真師、油画師なども参加している。
  • 調査結果として「壬申検査古器物目録」および「壬申検査社寺寶物図集」が残された。図集は全27冊。

 参加者

 日程

  • 明治5年(1872年)陰暦5月27日:東京出発。陸路を進む
  • 松阪へ戻り鈴鹿峠を超えて
    • 6月23日:草津着
    • 6月24日:大津の石場で聚楽第屏風図
  • 6月24日京都
    • 6月26日:法林寺
      • 光明寺、真如堂、知恩寺、誓願寺、本能寺
      • 泉涌寺、智積院、妙法院、成就院、安井神社(薄緑太刀 一振)
      • 高台寺(北政所所持短刀 有高天神之銘)、双林寺、長楽寺、青蓮院、知恩院、
      • 八坂神社、八坂神社後半(玉巻御太刀、白鞘御太刀宗近、白鞘短刀左文字)
      • 金蓮寺、仏光寺(有範佩刀銘国友)、長講堂、東寺
      • 法輪寺、仁和寺、
      • 大覚寺、蓮華光院(薄緑太刀 一振)、西明寺、高山寺、
    • 7月2日:東福寺
    • 7月12日より:東寺
    • 7月17日:桂宮別邸
    • 7月18日:太秦広隆寺
    • 7月19日:仁和寺
    • 7月22・23日:高山寺
    • 7月27日:京都御所
    • 7月28日、8月3~5日:近衛家
  • 8月8日奈良入り
    • 8月11日:東大寺
    • 8月12~20日:正倉院。天保以来初めて開扉
    • 8月23日:春日社
    • 8月24日興福寺
    • 8月25日:唐招提寺、薬師寺
    • 8月26日:法隆寺
    • 8月29日:信貴山
    • 9月1日:長谷寺、多武峰
    • 9月3日:吉水社、金剛峯寺、如意輪寺
    • 9月4日:當麻寺
    • ※石上布留神社 ※石上神宮の小狐丸
  • 9月5日に河内入り
    • 9月6日:天王寺
    • 9月8日:住吉大社
  •  9月8日淀川を船で登って9日に入京
    • 9月12日:大徳寺
    • 9月15日:賀茂社
    • 9月18日:北野社
    • 9月23日:近江石山寺(町田・久田・蜷川)
  • 9月24日瀬田で町田と内田は東京へ
    • 9月27日:山科十禅寺
    • 10月4日:延暦寺
  • 近江
    • 10月4日:西教寺
    • 10月6日:竹生島
    • 10月7日:園城寺
  • 10月15日東京へ戻るため出立。蒸気船で大坂へ17日神戸、18日神戸より乗船、20日横浜着、同日汽車で東京新橋着。ここまでで4ヶ月と24日

 参考

  • Museum (255):史料公刊(1)壬申検査「古器物目録」 正倉院の部 / 樋口秀雄/p32~34
  • Museum (256):史料公刊(2)壬申検査「古器物目録」 正倉院の部/p32~34
  • Museum (257) :史料公刊(3)壬申検査「古器物目録」 正倉院の部/p26~33
  • Museum (263):史料公刊(4)壬申検査「古器物目録」 巻之壹/p30~33
  • Museum (264):史料公判(5)壬申検査 「古器物目録」(巻之壹)/p30~33
  • Museum (266):史料公刊(6)壬申検査 「古器物目録」(巻之壹・貳)/p30~33
  • Museum (275):史料公刊・7壬申検査「古器物目録」 巻之貳/p33~34
  • Museum (277):史料公刊・8壬申検査「古器物目録」 巻之貳/p33~34
  • Museum (278):史料公刊・9壬申検査「古器物目録」 巻之貳/p33~34

 その後

 畿内寶物取調

  • この壬申検査の経験を元に、明治21年(1888年)には「畿内寶物取調(きないほうもつとりしらべ)」が行われている。
  • 畿内寶物取調 第1回
    • 日程:明治21年(1888年)5月5日~9月4日
    • 調査地:和歌山、奈良、京都の寺社および個人所蔵家
    • メンバー:九鬼隆一(宮内省図書頭)、丸尾莞爾(内務省社寺局長)、濱尾新(文部省専門学務局長兼東京美術学校長)、山縣篤蔵(宮内省図書寮属)、稲生真履(宮内省図書寮属)、八木雕(尚無償社寺局長寺院課長)、伊藤景裕(内務省社寺局長書紀)、岡倉覚三(岡倉天心、東京美術学校幹事)、フェノロサ(東京美術学校雇兼宮内省雇)、今泉雄作(東京美術学校書紀)、川田剛(内閣修史局編修官)。ほか小杉榲邨、三宅米吉ら取調掛、新聞記者、ビゲロー公私同行20余名
    • 「美術取調ニ関スル報告摘要」
  • 畿内寶物取調 第2回
    • 日程:明治21年(1888年)10月下旬~明治22年(1889年)2月8日
    • 調査地:滋賀、奈良、京都、大阪、兵庫の寺社および個人所蔵家
    • メンバー:九鬼隆一(宮内省臨時全国寶物取調局委員長)、土方久元(宮内大臣)、長崎巌(宮内省秘書官)、山口徳之進(宮内庁狩猟局長)、川田剛(宮内庁臨時全国寶物取調局取調掛)、黒川真頼(宮内庁臨時全国寶物取調局取調掛)、狩野探美(宮内庁臨時全国寶物取調局取調掛)、川田徳二郎(内閣官報局)、内田萬次郎(大蔵省印刷局彫刻課長)、石井重賢(石井鼎湖、大蔵省印刷局一等技手)、小川一真(写真技師)
    • 寶物取調ニ関スル報告摘要」
  • この時撮影された写真は、「畿内寶物取調写真」として帝国博物館、帝室博物館を経て、現在は国立国会図書館所蔵。

 臨時全国寶物取調局

  • 更に『明治21年(1888年)9月、宮内省に臨時全国寶物取調局が設置され、九鬼隆一を局長とし、重野安繹、濱尾新、高嶺秀夫、山高信離、黒川真頼、岡倉覚三らを委員および取調掛に任じた。また明治22年(1889年)2月には川崎千虎も古画調掛を嘱託されている。古社寺はもちろんのこと、個人所蔵の古美術に関しても検査を行い、優等なものについては鑑査状の付与を行った。

 古社寺保存会

  • のちに内務省管轄となり、文部省に移った後古社寺保存会の先駆けとなり、国宝制度制定へと移っていった。
  • 明治30年(1897年)6月5日古社寺保存法制定。
    • 古社寺保存法では、全国の古社寺を調査し、甲乙丙に区別されたものは古社寺保存会に諮問され内務大臣により指定が行われるが、この古社寺保存会にメンバーとして入るのが「枯木鳴鵙図」を明治期に購入していた横瀬文彦氏である。
    • 古社寺保存会メンバー:
      • 九鬼隆一:[会長]枢密顧問官・男爵
        東京・京都・奈良に帝国博物館(現在の国立博物館)の初代総長。
  • 中川友次郎:[幹事]内務省参事官
  • 金子勝太郎:[書紀]内務属
  • 竹内利通:同
  • 二條基弘:[委員]従二位公爵
  • 斯波淳六郎:[同]内務省宗教局長
  • 白仁武:[同]内務省神社局長
  • 山高信離:[同]
  • 妻木頼黄:[同]大蔵技師
  • 久保田鼎:[同]帝室博物館主事 ※のち奈良博物館長
  • 川端玉章:[同]東京美術学校教授
  • 高村光雲:[同]東京美術学校教授兼帝室技芸員
  • 木子清敬:[同]宮内省内匠寮技師兼造神宮技師
  • 三上参次:[同]東京帝国大学文科教授
  • 伊藤忠太:[同 休職]造神宮技師兼内務技師兼東京帝国大学工科大学助教授
  • 今泉雄作:[同]
  • 関野貞:[同]東京帝国大学工科大学助教授
  • 小杉榲邨:[同]宮内省御歌所参侯兼東京帝室博物館学芸委員 ※大包平の鑑査状
  • 川崎千虎:[同]名古屋工業学校教授 ※大包平の鑑査状
  • 岡倉覚三:[同] ※岡倉天心
  • 横瀬文彦:[同] ※「枯木鳴鵙図
  • 福地復一:[同]
  • 前田健次郎:[同]東京工業大学嘱託講師
  • 古社寺保存計畫調査嘱託員
    • 山高信離、三上参次、高村光雲、関野貞、小杉榲邨、岡倉覚三、前田健次郎、荻野仲三郎、亀岡末吉、中川忠順、六角注多良、關保之助(北谷菜切/千代金丸の鑑定)、安藤時蔵、片野四郎、島田友春、新納忠之助、早崎梗吉

 関連項目


Amazon Music Unlimited 30日間無料体験