名刀幻想辞典

前田育徳会

前田育徳会(まえだいくとくかい)

公益法人
加賀藩前田家伝来の文化遺産を保存管理する

概要

  • 前田家16代当主前田利為侯爵により設立された。

  • 大正12年(1923年)関東大震災の際、東京市本郷区にあった前田家の屋敷は難を逃れたが、先祖伝来の家宝を収蔵した土蔵は危うく焼失の危機にあった。

  • 関東大震災の被害を目の当たりにした前田利為は、加賀藩主家伝来の文化遺産の保全のため、大正15年(1926年)2月26日に公益法人育徳財団を設立する。※下線は引用者による

      公益法人育徳財団設立ノ理由
     吾十三世祖利常、十二世祖光高以来力ヲ典籍ノ蒐集ニ用ヒシコト大ナリ。就中十一世祖綱紀深ク古書ノ湮滅センヨトヲ憂ヒ、家士ヲ諸国ニ遣ハシテ之ヲ求メ、珍籍ノ購ヒ難キハ之ヲ借り又特ニ人ヲ派シテ或ハ謄写セシメ或ハ抄録セシメ、価値ノ極メテ大ナルモノハ一字一画モ苟クモセズシテ原本ノ如クニ精写シ、蠹蝕ノ状マデモ原状ヲ存セシム。
     如斯ニシテ積聚セル書汗牛充棟モ啻ナラザルモノアリ。而シテ其品位ヲ評騭ヒョウシツシ価値ノ軽重ニ従ヒテ之ヲ分類シ秘閣群籍、尊経閣蔵書等ノ各種トナセリ。惜イ哉後世数回ノ災ニ罹リ且ツ維新ノ際散逸セシモノ甚ダ多シ。然レドモ尚残存スルモノ拾有余万巻アリ。
     先考利嗣前記分類中主要ノ称ニ従ヒ統名シテ尊経閣蔵書トシテ之ヲ保存セリ。利為亦現在ノ珍籍ノ更ラニ散滅センヨトヲ虞ルルコト深シ。是ニ於テ先世ノ遺志ヲ継ギ今回堅牢ナル書庫ヲ自邸内ニ建造シテ、先世以来蒐集セル典籍文書等ヲ保存シ、閲覧所ヲ附設シテ之ヲ有志ノ閲覧ニ供スルト共ニ左ノ目的ヲ以テ財団法人ヲ設立シ、先世綱紀ノ園名育徳ノ文字ヲ取りテ、育徳財団ト称スルコトトセリ。
    一、古書籍、古文書、図画等ニシテ世ニ珍ラシキモノハ逐次之ガ複製ヲ行ヒテ保存ヲ計リ又ハ其頒布ヲ為スコト。
    一、財団ニ於テ余力アラバ祭祀・学芸・教育・育英等公益ニ関スル事業ヲ資クルコト。
    冀ハクハ此ノ挙或ハ以テ国家ニ貢献スルノ一手段ト為リ併セテ先世遺徳ノ幾分ヲ発揮スルアランコトヲ。是レ独リ利為ノ幸ミナラザルナリ。
     
       寄附行為
     第一章 名称及事務所
    第一条 本財団法人ノ名称ハ育徳財団トス。
    第二条 本財団法人ノ事務所ハ之ヲ東京府東京市本郷区本富士町弐番地前田侯爵邸内ニ置ク。
     第二章 目的第三条
    第三条 本財団ハ前田侯爵家ノ所蔵物ヲ主トシ本邦ニ於ケル古書籍・古文書・図画ヲ複製シテ保存ヲ計リ又ハ其ノ複製物ヲ無償ニテ若クハ営利ニ渉ラザル方法ニ依リ頒布スルヲ以テ目的トス。
    (前田利為 前田利為侯伝記編纂委員会 1986年4月)

    大正14年(1925年)12月25日文部大臣に育徳財団設立願提出、翌年2月26日認可、3月13日東京区裁判所に登記完了。
    前田利為(まえだ としなり)は華族、陸軍軍人。陸士17期・陸大23期恩賜。最終階級は陸軍大将。旧加賀藩前田家第16代当主。旧七日市藩知藩事・前田利昭子爵の五男として生まれる。初名は茂。明治33年(1900年)1月、前田宗家15代当主の前田利嗣(としつぐ)侯爵の婿養子となり、6月13日に家督を相続する。明治43年(1910年)6月4日、満25歳に達し貴族院侯爵議員に就任。先妻は15代当主前田利嗣の長女・前田漾子(なみこ、夫と同行したヨーロッパ滞在中に病没)。後妻は伯爵・酒井忠興(姫路藩10代酒井忠邦の長男、酒井雅楽頭家)の次女・菊子。
     陸軍将校を志し、学習院を経て、明治38年(1905年)3月に陸軍士官学校(17期)を卒業し、歩兵将校となる。近衛歩兵第4連隊附。陸士17期の同期生には東條英機がいる。明治44年(1911年)陸軍大学校(23期)を卒業し、成績優等(3位)により恩賜の軍刀を拝受。大正2年(1913年)ドイツに私費留学、その後、イギリスに渡る。大正12年(1923年)近衛歩兵第4連隊大隊長、昭和2年(1927年)から昭和5年(1930年)まで駐英大使館附武官。のち近衛歩兵第2連隊長。昭和8年(1933年)に陸軍少将に進級すると同時に陸大教官。同年8月歩兵第2旅団長、昭和10年(1935年) 参謀本部第四部長、昭和11年(1936年)陸大校長、同年12月陸軍中将。昭和10年(1935年)歌会始への奉仕。昭和12年(1937年)第8師団長、昭和13年(1938年)参謀本部付、昭和14年(1939年)予備役。昭和17年(1942年)4月召集されてボルネオ守備軍司令官。同年9月5日 、ボルネオ沖で搭乗機が消息を絶った。後に乗機の残骸と利為の遺体が発見されたが、利為の搭乗機の遭難原因は判明しなかった。佩用していた名刀「陀羅尼勝国」はくの字に曲がっていたという。
     陸士で同期でありながら、利為より4年遅れで陸大を卒業した東條英機とはそりが合わず、利為が東條を「頭が悪く、先の見えない男」と批評し、東條が利為を「世間知らずのお殿様」と揶揄する間柄であった。利為の戦死後、陸軍葬が挙行され、弔辞は生前互いに反目し合っていた東條が読み、「英機、君ト竹馬ノ友タリ。陸軍士官学校ニ於テハ、寝食ヲ同シ、日露ノ役ニ於テハ、同一旅団ニ死生ヲ共ニセリ。爾来、星霜四十年、相携ヘテ軍務ニ鞅掌シ、交情常ニ渝ハルコトナク、互、許スニ信ヲ以テシ、巨星南溟ニ墜チテ再タ還ラズ。哀痛何ンゾ譬ヘン。英機、君ノ声咳ニ接スルコト長ク、今、霊位ニ咫尺シテ猶生クルガ如キ……」と読み上げた後、東條は慟哭し絶句したという。ちなみに、東條の総理就任時、前田は代々伝わる家宝である土御門上皇の宸筆を贈呈している。

    十月十八日参謀長から、まず十三時に「十七日日没直前直協機(※九八式直接協同偵察機)発見ノ動機ハ捜索隊ノ努力ハ当然ナルモ、一面全ク天佑ナリキ。目下搭乗者ノ有無点検及引キ上ゲノ万全ヲ期シアリ」との電報があり、その夜二十二時に至り、「十八日十八時三十分迄ニ引キ上ゲタルモノ
    ・前軍司令官(※前田利為)ノモノ
      軍刀、拍車、マントノ扇子、寝巻ノ破片、化粧鞄、バンド、革ポストンバック、刀緒、外套、双眼鏡、
    ・臼井大尉ノモノ
      軍刀、刀吊リ、拍車
    ・阿野操縦士ノモノ
      拳銃、飛行服、物差シ
    ・直協機ニ関スルモノ
      操縦者座席、機関部、脚、セルロイド製上部覆、尾翼、補助翼、ソノ他殆ンド破片ノ大部分
    ・遺骨少量
    明朝捜索続行、現地ニオイテ網ヲモッテ捜索ノ後、正午捜索ヲ打切リ、捜索隊全員帰還セントス」と報告があった。
    (前田利為 軍人編 前田利為侯伝記編纂委員会1991年)

    臼井大尉は臼井唯一陸軍少佐。阿野操縦士は阿野勝太郎陸軍技師。
    前田大将以下 陸軍葬|時代|NHKアーカイブス
    陀羅尼勝国(だらにかつくに)。初代勝国は藤原家重(通称、藤島将監)の子で、松戸善三郎。初銘は家重。加賀前田家に仕え、寛文元年(1661年)に伊豫大掾を受領し勝国と改銘(姓も橘に変えた)。兼若とともに加賀新刀を代表する上手で、孫六兼元を偲ばせる三本杉の刃文は巧みで新刀美濃伝の第一人者。
  • 「育徳」の名は、前田家上屋敷にあった庭園「育徳園」に由来する。

    先世綱紀ノ園名育徳ノ文字ヲ取りテ、育徳財団ト称スルコトトセリ。

    庭園「育徳園」は、3代藩主前田利常のとき、寛永6年(1629年)の将軍御成に際して増築された庭園で、5代藩主前田綱紀の代に完成した。
     育徳財団設立の大正15年(1926年)、東京帝国大学のキャンパス拡充計画に伴い、前田家と大学との間で土地の交換が行われた。前田家は本郷を引き払う代わりに、現在の東京都目黒区駒場にあった東京帝国大学農学部の用地を取得し、ここに邸宅を建てた。東京大学本郷キャンパスの敷地の大半は旧前田家上屋敷であり、そのほぼ中心にある「育徳園心字池(通称、三四郎池)」などに名前が残るのはこのためである。また赤門が前田家上屋敷の御守殿門であったことは有名である。
     なお駒場には前田家の本邸が建築され昭和4年(1929年)に洋館が完成する。これが現在も残る旧前田家本邸である。第二次大戦中に中島飛行機株式会社がこれを買収して本社とするが戦後は連合軍に接収される。のち昭和39年(1964年)に東京都の所有となり、洋館を東京都近代文学博物館とする都立駒場公園となるが、平成14年(2002年)に博物館が閉館、平成25年(2013年)に旧前田家本邸として重要文化財指定された。
  • 名称は後に、「侯爵前田家育徳財団」、さらに「前田育徳会」と変え、現在に至る。

収蔵物の種類

  • 収蔵する文物は、大別して書籍・文書類と美術工芸品より成る

尊経閣文庫

  • 尊経閣文庫は東京都目黒区駒場にある加賀藩主前田家の文庫で、前田育徳会の別称。

    財団法人前田育徳会は、別称を尊経閣文庫といい、加賀前田家に伝来した典籍・古文書をはじめ、美術工芸品等の文化財全般を所有し、保存・管理する、社会教育を目的とした公益法人である。

  • 収蔵本の中核をなす第五代加賀藩主綱紀の蔵書名「尊経閣蔵書」に因み、「尊経閣文庫」と名付けられた。

前田本源氏物語
前田家所蔵の源氏物語の写本。重要文化財
前田本(枕草子)
枕草子の写本のひとつ。重要文化財

展示

  • なお前田育徳会は収蔵品の保存管理のみを行うため、展示については石川県立美術館の前田育徳会尊經閣文庫分館において年に数回テーマを決めて行われる。
    上記名物刀剣は、あくまで前田育徳会の所蔵品。なお同じ石川県の白山比咩神社所蔵品である「白山吉光」などは神社所蔵で石川県立美術館に寄託されている。

収蔵品

刀剣

国宝

富田江
刀 無銘義弘(名物 富田江)附:革包太刀拵
太郎作正宗
刀 無銘正宗(名物 太郎作正宗
大典太光世
太刀 銘光世作(名物 大典太)

重要文化財

短刀
銘 吉光 ※前田藤四郎
牡丹獅子造小さ刀拵(ぼたんししづくりちいさがたなこしらえ)
飾太刀
飾太刀(石突欠)附:平緒

その他

国宝

万葉集
巻第三、第六残巻(金沢本万葉集)1帖
古今集
巻第十九残巻(高野切本)
古今集
伝藤原清輔筆 2帖
土佐日記
藤原定家筆

重要文化財

枕草子
4帖「前田本 (枕草子)」
源氏物語
源氏物語(花散里、柏木)2帖。「前田本源氏物語」