名刀幻想辞典

鬼神大王波平行安

鬼神大王波平行安(きじんだいおうなみのひらゆきやす)

波平行安が鍛えたという伝説の刀

波平行安

  • 波平行安とは、大和の刀工橋口正国が鉄を求めて薩摩に辿りつき、その地で発展した刀工集団をいう。

鬼神大王

  • 鬼神大王は、奥能登の外浦に一人娘と住んでいた老鍛冶が娘婿の条件に立派な刀鍛冶であることを条件にしたことから話が始まる。

  • 何人もの若者が目に適わず脱落する中、一晩に千本を鍛えると言う一人の若者が現れる。「絶対に鍛冶場の中を覗くな」という若者の言葉を破って老鍛冶と娘が中を覗くと、ちょうど999本まで鍛えたところで、中では若者ではなく鬼が口から火を噴き手で鉄を飴のように扱いながら一心不乱に刀を鍛えていたと言う。

  • 覗かれたことに気づいた鬼は、一本の刀を残し逃げ去ったと言い、その刀には「鬼神大王波平行安」の銘が斬られていたと言う。

  • それ以来、その土地は「剱地つるぎじ」と呼ばれるようになったという。旧石川県鳳至郡剱地村(現石川県輪島市)。

  • 様々な書籍に載るが、「金沢古蹟志」で紹介されている文を引用する。「霊剣宝刀伝話」として様々な霊剣、前田家に伝わる霊剣などを紹介したうえで、古来霊剣とされる刀工(豊後行平、筑後三池、山城達磨、奥州寶寿、出羽月山、薩摩波平、筑前金剛兵衛)を紹介したうえで、行平の伝説を紹介している。

    按ずるに、七作の中にも行平が事は、元文元年に撰びたる下學集に、鬼神太夫刀工也。始云紀新太夫。名乗行平。作刀時。鬼神出來助鎚。故世俗呼鬼神太夫也。時代多或說。とあり。太田道灌の能登路記に、能登國鳳至郡劒地村の古傳話を記載す。其の傳說に云ふ。往古何方の者とも知らず。若き男來りて入聟と成る。能く刀鍛を鍛へたり。しかし此の者、その鍛ふる所を堅く禁じて人に見せず。妻不思議に思ひ、或時透間より覗き見れば、鬼形と成り、口より火焰を吹きかけ、鐵を延ばせり。妻いたく驚きつるを見て、其まゝあまた鍛へたる劒共を携へ走出で、海上をさして走行きけり。妻わかれをしたひしに、筐にや一振の劒を投げ與へけり。其の銘に鬼神大王波平行安とあり。残りの劒を投込みし處也とて、七ッ岩のふごというて、甚だ深き海あり。又鬼の窟とて、大なる岩窟あり。其屋敷跡は西の清兵衛といふ者の家也。此家の井戸は則ちその時よりの井戸なり。故に此水にて穢れたる物を洗へば、必ず祟ありと云ふ。又此家にて產する事ならす。今此劒地村に製造する鐵針かねも、元は此家より傳法せしものにて、劒地の名も是より始れりと、古來いひ傳へたり。とあり。按ずるに、右の傳說は今も邑人傳聞して、老少口實とすれど、波平行安が事は證とするに足らず。下學集に載せたる鬼神太夫行平が傳說をば傳へ誤りたるものなるべし。波平行安は薩摩の鍛冶也。源平盛衰記卷三十七に、越中前司盛俊が刀は、薩摩國住人浪平造の一物也とあり。是も靈劒七作の一刀なり。
    (金沢古蹟志)

異説

  • 話のバリエーションがいくつかあり、「一夜に刀千本」では、鍛冶屋の娘を欲しがった鬼を騙す鍛冶屋の話になっている。999本まで出来たところで鶏の足を温めて鳴かせ、鬼に朝が来たと勘違いさせて逃げ去らせたという。
  • この時、鬼は刀すべてを持ち去ろうとしたため鍛冶屋が1本くらい寄こせと叫ぶと、しばらくして1本の刀が降ってきたという。