豊臣家御腰物帳

豊臣家御腰物帳(とよとみけおこしものちょう)  

慶長五年~慶長十八年に秀頼が受け継いだ刀剣
贈答に使用した刀剣の記録台帳
本阿弥光徳作成、片桐且元監修
金沢市立玉川図書館所蔵

Table of Contents

概要  

  • 「大坂御腰物帳」
  • 計370振りほどの刀剣の名称、献上者、時期、事由などに加え、その後の出納が記載されている。
  • 慶長3年(1598年)に大坂城番となった片桐且元が記録し、慶長19年(1614年)に退去するまで続いた。
  • 元は四冊であったものが、現存する写本では1冊にまとめられている。
  1. 【御太刀御腰物御脇指 太閤様御時ゟ有之分之帳】
  2. 【御祝言之時進上御太刀御腰物帳】
  3. 【慶長五年ゟ太閤様以後進上御腰物帳】
  4. 【御太刀御腰物御脇指方々ニ被遣之帳】
  • 本阿弥徳太郎(竹中公鑒)家に伝来していたものが、明治に公開され一般に普及した。

太刀御腰物御脇指 太閤様御時ゟ有之分之帳  

  • 表題

    太刀 御腰物 御脇指 太閤様御時ゟ有之分之帳

  • 183口(170口)
  • 奥書

    慶長五年 八月吉日 本阿弥又三郎
    右之通相改無相違候以上
    慶長六年正月日 片桐市正

一之箱(31口)  

記載名名物
備考
ほねはみ刀名物 骨喰藤四郎
いちご一ふり刀名物 一期一振
大がう刀名物 大江
なんせん刀名物 南泉一文字慶長十六年三月廿八日大御所様被進之
朝倉長光名物 朝倉長光
なまつ尾藤四郎名物 鯰尾藤四郎
正宗
つくしまさつね刀名物 綱切筑紫正恒
よしもと左文字名物 義元左文字
ちとり刀名物 千鳥一文字
につかり刀名物 にっかり青江
みはのし付保昌五郎刀
こかね平刀小包平
こからす則重小烏則重
府中長光府中長光
親子藤四郎名物 親子藤四郎
かう
若江まさむね名物 若江十河正宗
あら身藤四郎名物 大坂新身藤四郎
長銘正宗名物 大阪長銘正宗
大しょくわん左文字大織冠左文字無銘 七寸九分半
小さもじ小左文字
小鍛治さめのし付名物 小鍛治宗近
奈良屋貞宗名物 奈良屋貞宗慶長十三年五月六日将軍様へ被進之御使渡邉筑後守
きりは正宗名物 切刃正宗
のほりれう正宗名物 上竜下竜正宗
こしり通国光名物 小尻通新藤五
あら身藤四郎名物 新身藤四郎慶長六年三月七日江戸中納言様へ被進之
しゝ貞宗名物 獅子貞宗
貞宗御脇指但御ちいさ刀ニこしらへ申候
  以上三拾壱之内、御刀拾六腰、御脇指拾五腰但なまつ尾も御刀之内に入
豊國御神物
かうさい長光名物 香西長光同有さや同御かうがい目貫御小刀つか有
清水藤四郎名物 清水藤四郎同さや御目貫御小刀つか有
よしひら太刀
右三腰之分依爲豊國御神物本阿彌又三郎方ニ預リ置申候
  右之外
大御所様ゟ被進之候 但慶長十六年三月御上洛之時
鍋とをしの御脇差名物 鍋通貞宗此箱え入 但太閤様以後
同時え被進之
大左文字之御刀御家名物 大左文字
  • 現在の写本では、31+豊国3+右の外2で36口。

二之箱(21口)  

記載名名物帳備考
竹のまた兼光名物 竹股兼光竹俣兼光
御ひん所行平名物 御鬢所行平
長光
二日はざめ
てらき長光
小国行名物 小国行
  以上六振
三くほ長光みくぼ長光大御所様え駿府御移徒之時御祝儀として被進之
國友
すけひて越後中納言進上
もり家常陸侍従進上
一文字
長光家康公進上
小出播磨守進上
桑山相模上 此太刀小出播磨市正相對仕石川掃部石田杢封切申時此箱ニ無之
桑山法印進上
左文字安藝宰相進上
菊一文字大和ゟ
来国次
行平蜂須賀阿波守進上
守家鍋嶋進上
  以上御太刀貳拾壱振 但し寫本には20振しかない
慶長九年十二月四日ニ入分
よし房太刀御本丸ゟ参上
よしひら
  以上貳振
  • 現在の写本では、20+2で22口。

三之箱 御たてこしらへの分(33口)  

記載名名物帳備考
のりしけ刀
一文字刀
長光
よし光刀
しづ刀
高木貞宗慶長十六年四月三日常陸殿へ被進之
はせべ
左文字
兼光
三はら
行光家康公進上
貞宗慶長六年十月八日将軍様え御鷹野之時被進之
池田伊豫守進上
左文字常陸進上
當麻羽柴肥前守進上
銘有之ちうたうらい大和ゟ上
※中堂来
正宗飛騨上
中たうらい常陸
左文字御陳脇指但朱鞘
廣光
蜂屋郷名物 蜂屋江慶長十六年五月将軍様え被進之御使市正
左文字しゆ藥ゟ慶長十六年三月廿八日大御所様え被進之
※聚楽より
甲斐国かう刀名物 甲斐国江
常陸郷刀名物 常陸江
信國刀長岡與一郎上
慶長十六年四月三日右兵衛殿へ被進之
長光土佐侍従上
慶長十年五月十日松平上総殿へ被進之此外吉光之御脇指共ニ 但シ吉光ハ大野修理上此帳ノ外也
二字國とし刀
かう刀備前中納言上
守家慶長六年八月十日越後宰相殿へ被進之
長義小西進上
よし光にせ物刀
左文字刀家康公進上
貞宗
  以上三拾三之内御刀拾八腰 御脇指拾五腰
慶長七年九月二字國俊刀但太閤様以後 内府様ゟ被進候を重而三之箱ニ入
  • 現在の写本では、33+1で34口。

四之箱(26口)  

記載名名物帳備考
左安吉毛利豊後上
小一文字刀小早川上
貞宗但シ前ハ左文字しゆらくゟ
一文字山崎進上慶長十七年十一月七日殿様御成之時片桐采女ニ被下
すけさね刀
一文字伊藤加賀上
二字國俊刀早川主馬上
一文字刀家康公進上
保昌五郎刀多賀新左衛門上
慶長八年八月御祝儀之時鵜殿兵庫に被下
光忠慶長十六年卯月三日政宗ニ被下候
長光しゆ樂ゟ
慶長十六年卯月三日正木長門守ニ被下
二字國俊刀大和ゟ上
長光冨田進上
左文字石田杢上
菊一文字
長光
守屋刀しゆ樂ゟ
屋は家の誤
長光長谷川右兵衛上
左文字刀大和ゟ
慶長八年八月御祝言之時内藤修理被下
國吉小早川上
慶長十六年五月本多佐渡守ニ被下使市正
來國光石川肥後上
佐々孫十郎上
慶長八年八月御祝言之時大久保相模ニ被下
來國次輝元上
吉光備前宰相上
慶長十六年卯月三日右兵衛殿え被進之
左安吉家康公進上
慶長九年九月千畳敷立申候時片桐市正ニ被下
  以上貳拾六腰

五之箱 御太刀(15口)  

記載名名物帳備考
國行
長光秀頼様ゟ
行秀
國綱小西上
左文字政宗上
れうかい羽柴藤三郎上
了戒
まさつね池田伊豫守上
一文字大和ゟ
長光秀頼様ゟ
國行來太郎横澤民部進上
慶長十二年八月十日ニ取出長光大御所様駿河移徒之節被進之
後藤徳乗上
助包増田右衛門尉上
すけさね
長光大和ゟ
  以上御太刀拾五振
あら身国行新身国行
一文字加藤虎藤え被下
守家虎の目貫かうがい御祝言之時大久保相模守被下
二字國俊
來太郎慶長三年六月佐野半四郎江戸ゟ御使之時被下
  以上御腰物五振
天神脇指
  以上物數貳拾壱
  • 現在の写本では、15+5+1で21口。

六之箱(29口)  

記載名名物帳備考
長光大谷大學上
松平下總殿へ被進之
すけさね安藝宰相上
慶長十年五月十日松平上總殿御下之時大久保相模ニ被下
一文字毛利修理上
長光小西攝津守上
嶋津ニ被下
すけ次蜂須賀阿波上
羽柴久太郎ニ被下
藤嶋少さ刀
守家うわべ上
慶長九年七月小笠原和泉ニ被下
長光一柳上
慶長九年七月江戸若様御誕生之時被進之
包永冨田上
慶長八年七月御祝言前ニ大久保相模ニ被下
一文字木下肥後上
佐竹ニ被下
雲次御祝言前ニ内藤修理ニ被下
一文字本多中務ニ被下
廣光羽柴肥後守被下
一文字小笠原和泉ニ被下
光忠
守家
さねもり
兼光三位法印上
慶長十六年十一月十六日寺澤志摩守被下
まさつねとうしん坊上
景光慶長十三年三月十一日江戸御使朝稲源六被下
信國慶長八年七月御祝言前鵜殿兵庫被下
青江江戸御使田中少五郎被下
きりは
のしつけ宇喜多攝津上
友光(倫光未六月廿日尊圓之朗詠上申候時松田三郎兵衛ニ被下
三原大脇指朱鞘
秋廣慶長十年五月九日江戸罷下時浅野弾正ニ被下
左文字つかきり
新庄越前上
  以上貳拾九
  • 現在の写本では、28口。

七之箱 下之御太刀(14口)  

記載名名物帳備考
長光
藤堂佐渡守上
みいけ稲葉法印上
守家
菊一文字安藝宰相上
すけひて羽柴久太郎上
あま國氏直上
のりしけ吉田兵部少上
なかみつ垣屋上
もり家いと道具なし
まさつね
一文字輝元上
長光
じつきう光忠名物 実休光忠
  以上拾四振

御祝言之時進上御太刀御腰物帳  

  • 表題

    御祝言之時進上御太刀御腰物帳

  • 慶長八年(1603年)八月日付
  • 慶長八年(1603年)に行われた秀頼と千姫(徳川秀忠娘)の結婚祝いとして諸大名から贈呈された刀剣
  • 58口
  • 一之箱 但御太刀 以上十八腰
  • 二之箱 御太刀 以上十五振
  • 三之箱 御腰物 以上二拾五腰
  • 奥書

    合五拾八之内、御太刀三十三振、御刀二十五腰
      慶長八年八月日 本阿弥又三郎
       片桐一正

慶長五年ゟ太閤様以後進上御腰物帳  

  • 表題

    慶長五年ゟ 太閤様以後進上御腰物帳

  • 慶長拾八年(1613年)十二月七日付
  • 慶長五年から慶長十八年までに、将軍家・諸大名から贈られた刀剣
  • 52口
  • 奥書

    慶長十八年十二月七日 片桐一正

太刀御腰物御脇指方々ニ被遣之帳  

  • 表題

    慶長五年ゟ同十八年十二月迄 御太刀御腰物御脇指方々ニ被遣之帳

  • 慶長五年から慶長十八年十二月までに諸大名に贈った刀帳で、献上者と贈呈者の名が記されている。
  • 一之箱~六之箱
  • 77口
  • 閉じ

    御遣方     御刀四拾壱腰
     合七拾参腰内 御脇指拾九腰
            御太刀拾参腰

  • 「右之外」 四振記載
  • 奥書

    以上四腰旧冬相極申御腰物帳ニ不入分此度
    御本丸ニ而御刀拭申候とき相改書□申候以上
     慶長十九
       六月廿六日
         片桐一正判