星野求与

※当サイトのスクリーンショットを取った上で、まとめサイト、ブログ、TwitterなどのSNSに上げる方がおられますが、ご遠慮ください。

星野求与(ほしのきゅうよ)  

江戸末期の幕府御用坊主

  • 刀剣の目利きとされ、幕府の腰物係となり「星野押形」を出版した。

    將軍の手元に差出したのが正本で、本阿彌家に殘した控へが副本である。此副本は現在では紛失してしまつてゐるが、幕末の頃、江戸本城の表御坊主に星野求與と云ふ刀劍好の人物がゐて、本阿彌正三郎よりこの副本を借受け寫本したものがある。その寫本の寫本が小部分巷間に殘つたのである。
    此星野求與と云ふ御坊主は頗る刀劍趣味家であつて、當時の刀劍界の大家と交遊し、多くの名刀に接し、猶且つ自分の仕事が諸侯江戸城に登城の際、腰物を預る役目であつたから此絶好の機會に刀身の面影を寫本に寫して収藏して居つた。それが積りゝて拾數巻となり、有名な星野押形集となつたのである。

  • 所蔵刀剣は「不惜為売物渡他人悲作紙屑変遷魂紙(売リ物ト為リ他人ニ渡ルヲ惜マズ、紙屑ト作リ遷魂紙ニ変ズルヲ悲シム)」という印章を押していた。

享保名物帳  

  • 現在流布している享保名物帳は、芍薬亭長根本(本阿弥長根)を底本とした星野求与本が元となっている。
  • さらに明治に入ってから宮内庁御刀剣係となった今村長賀による写本を底本として「詳註刀剣名物帳」(大正2年 羽皐隠史)、求与本を底本とした「刀剣名物帳全」(中央刀剣会 大正15年)がそれぞれ発刊された。この頃には「享保名物帳」は上中下の三巻構成とし、上巻に三作を掲載することが定番になった。

星野押形