鷲切り

鷲切り(わしきり)  


備前長船兼光の作

由来  

  • 享保のころ、加賀藩前田家の馬廻頭丹羽武兵衛孝房が、加賀石川郡の湯桶(ゆわく)温泉に入湯していた。薬師堂の上の山に佩刀を置いてさらに絶壁をよじ登り、程なく戻ってみると、佩刀がなくなっていた。
  • 驚いて宿へ帰り、入湯客も調べてみたが刀は見当たらなかった。
  • そこに能登石動山の僧が来ていたので刀の行方を占ってもらうと、獣の手にわたっているという。
  • その夜、夢の中で「私は悪鳥に子をさらわれましたが、御腰のものを御借りして敵を討ちましたので御礼に参りました。」という声が障子の外から聞こえてきた。
  • 驚いて障子を開けてみると大きな猿が逃げていったところで、あとには刀身と鷲の片身が置いてあったという。


湯桶温泉  

  • この湯桶温泉(石川県金沢市湯涌町)は、養老2年(718年)に地元の紙漉き職人が発見したものであるという。それによれば、山奥で白鷲が泉に身を浸しているので近づいてみると、湯が湧いていたという。
  • 江戸時代には加賀藩の藩主一族が常用し、その効能をとくに賞賛され湯宿の主人には名字帯刀が許された。
  • 丹羽武兵衛が登っていった温泉近くの薬師堂は今も残り、その側には大正時代に恋人彦乃とともに滞在した作家竹久夢二の記念館(金沢湯涌夢二館)がある。