雲井

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雲井(くもい)  

脇差
刃長一尺三分弱
相州康春作

  • 相州康春作の脇差。
  • 平造り、表裏刀樋、

由来  

  • 慶長のころ、相模国足柄郡矢倉沢の関守であった大庭景聡がある月夜に尺八で"雲井"を吹奏していると、越前浪人の井関某が通りかかった。
    雲井とは、「雲井之曲」、または「雲井獅子」と呼ばれる尺八古典本曲。
  • 井関が狼藉を働いたため、大庭はこの康春作の脇差で一撃を与え倒した。
  • この後、脇差を「雲井」と名付けたという。
  • 戦前まで現存した。

雲井(くもい)  


銘 雲井 於東都加東八郎綱俊造之 天保九年二月日
長運斎綱俊

  • 江戸時代末の刀工長運斎綱俊の刀。
    長運斎綱俊は、加藤和泉守国秀の三男で、山形藩工で濤瀾刃の名手であった加藤綱秀の実弟。
    水心子正秀に師事した後、江戸、大阪、熊本と移り住んだ。当時備前伝の第一人者と称えられるほどの名工であり、甥の石堂是一、弟子では固山宗次、高橋長信、青竜軒盛俊など数多くの優れた門人を生んだ。
  • 差表には「雲井 於東都加東八郎綱俊造之 天保九年二月日」、裏には「同四月廿三日於千住 山田五三郎両車 久保田常嘉頭 伊賀乗重両車 快裁断」と截断銘が入る。
    「加東八郎」とは長運斎綱俊の本名。
  • 遥かに遠く、また高く及び難いことを雲井といい、そのことから号したという。