長谷川平蔵

長谷川平蔵(はせがわへいぞう)  

江戸時代の旗本
平蔵
諱は宣以
火付盗賊改役

  • 池波正太郎の小説「鬼平犯科帳」で高名な火付盗賊改方。
  • 実在の人物で、本名は長谷川宣以(のぶため)、当主代々の名乗りである平蔵が有名。
  • 長谷川家は三方原以来の旗本で、家禄は石高400石だが将軍近習の御書院番組の家として続く。父は火付盗賊改役を経て京都西町奉行を務めた長谷川宣雄。
    長谷川平蔵宣有─平蔵宣雄─平蔵宣以─平蔵宣義─┬平蔵宣茂
                           └平蔵宣昭
    なお「鬼平」という渾名は作家池波正太郎の創作で、「あれは私が作ったんです」と語っており、存命当時そう呼ばれたわけではないという。

住居  

  • 本所三之橋通り菊川(現 墨田区菊川3丁目16番)に1,238坪の広大な邸があったが、平蔵宣以が出費の多かった火付盗賊改方を8年も務めたために私財はなくなり、四代目平蔵宣昭の時には邸を手放すこととなり、江戸町奉行遠山金四郎(左衛門尉景元)の下屋敷(本邸は愛宕下)となった。
  • なお小説で有名な役宅「本所入江町」は実は別の「長谷川家」であり、こちらは伊勢国司北畠家に使えていた400石の家系である。この違いは作家池波正太郎の勘違いによる。
  • また「役宅」のほかに「本宅」として登場する目白台は、与力同心の御先手組弓頭時代の組屋敷であり、本来の火付盗賊改方の役宅は本所三之橋通り菊川が使われた。

愛刀  

火付盗賊改方  

  • 火付盗賊改方とは、江戸期において特に重罪とされた火付け(放火)ならびに盗賊(押しこみ強盗)、賭博を主たる目的として取り締まった役職のこと。本来は臨時役であり、御先手組頭、持組頭などから選ばれた。
  • 火付盗賊改方としての長谷川平蔵は、当時の老中松平定信に進言した石川島の「人足寄場」設立の業績が有名で、また通例2年~3年の火付盗賊改方を亡くなる直前まで8年務めた。