野干丸

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野干丸(やかんまる)  

太刀
三尺二寸

由来  

来歴  

  • 城家の所蔵。吾妻鏡では紛失したとする。

    出羽城の介繁成(資盛曩祖)野干の手より相伝する所の刀、今度合戦の刻に紛失すと。

  • 越後長岡藩主牧野家の所蔵となり、幕末の戊辰戦争の際に紛失する。
  • その後長岡の商家が買い取ったという。




野干剣(やかんのけん)  


大和宗広作

  • 大和の宗広作という。宗広は欽明天皇御宇の刀工で、法清という逸年号時代の刀工という。
    逸年号とは本来は実在した公年号で、正史に逸せられた年号のことを指す。欽明天皇の在位期間は539年~571年とされる。
  • 焼刃はなかったが、夜の闇を照らして明るくしたという。
    ※野干とは狐の異名で、尾を打って火を出す(狐火)とされる。

関連項目