酒呑童子

酒呑童子(しゅてんどうじ)  

丹波大江山千丈嶽(せんじょうだけ)の鬼の岩屋に棲んだ鬼

  • 若い頃は、伊吹童子と名乗り、父は伊吹弥三郎(佐々木信綱に摩利支天の秘法を使って倒されたという)、母は大野木殿の娘という。
  • 近国者や都の美女をさらって食べて人々を困らせたため、源頼光に退治されたという。
  • 小鬼2匹(茨木童子、唐熊童子/青鬼、赤鬼/土蜘蛛、鬼童丸)を従える場合が多い。この時に使われた剣は童子切安綱として名高い。
  • 白面金毛九尾の狐、大天狗と化した崇徳天皇と並び、日本三大悪妖怪と謳われる。
  • 酒顛童子・酒天童子・酒伝童子とも。

伝承  

  • 一条院の時代に、京の若者や姫君が次々と神隠しに遭うことがあった。一条院の近臣池田中納言国隆(花園中納言と堀川中納言の娘とも)の娘まで拐われるに及び、安倍晴明に占わせたところ大江山千丈ヶ岳に住む鬼の酒呑童子の仕業とわかったため、帝は長徳元年(995年)に源頼光藤原保昌らを征伐に向わせた。
  • 来光らが旅の者を装って鬼の居城を訪ね酒を酌み交わして話を聞いたところ、最澄が延暦寺を建て以来というもの鬼共の行き場がなくなり、嘉祥2年(849年)から大江山に住みついたという。
  • 頼光らは鬼に毒酒を飲ませて泥酔させると、寝込みを襲って鬼共を成敗し、酒呑童子の首級を京に持ち帰り凱旋した。首を切られた後でも頼光の兜に噛み付いていたといわれている。
  • 首級は帝らが検分したのちに宇治の平等院に納められた。

配下  

  • 酒呑童子のは以下には、副首領の茨木童子のほか、熊童子、虎熊童子、星熊童子、金熊童子の四人の鬼が四天王としており、いくしま童子という名前も伝承上に存在する。

場所について  

  • 古来酒天童子がいたのは「大江山」であるとされ、これは現在の丹後半島の付け根にある丹後天橋立大江山国定公園に含まれる。この大江山は、小式部内侍の「大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立」という歌に詠まれている。
  • しかし一説に、酒呑童子がいたのは「大枝山」だったという説がある。この大枝山は現在は老ノ坂として知られる場所で、京都市と亀岡市の境に位置する。大枝山は、古来平安京の四堺(大枝・山崎・逢坂・和邇)の一つであり、ここまでが都とされた。
  • 戦国時代、丹波亀山城を出発した明智光秀が京都へ向かうのに通ったのが、後者の大枝山(老ノ坂峠)である。