道誉一文字

道誉一文字(どうよいちもんじ)  

太刀
銘 一(名物 道誉一文字)
刃長80cm、反り3.8cm
御物
山里御文庫 御剣庫蔵(宮内庁管理)

  • 享保名物帳所載

    道誉一文字 長二尺六寸四分 代金 松平伊予守殿
    昔佐々木道誉老所持貞享究

  • 差表中程に四寸ほど、鎺元一寸ほどの染みがある。中心うぶ、目釘孔2個。鎺元近くに「一」と在銘。

由来  

  • 佐々木道誉が所持していたことにちなむ。

来歴  

佐々木道誉  

  • 元は婆沙羅大名として高名な佐々木道誉所持。
    佐々木四郎高氏。佐々木信綱の玄孫。

朽木家  

  • 天文(1532-1555年)のころ江州朽木谷にあった。
  • 享禄元年(1528年)、将軍足利義晴が京都の乱を避け3年ほど朽木稙綱のもとで滞留しており、その後も申次衆として将軍家から厚遇されている。この頃に渡ったとみられる。

越前松平家・有栖川宮家  

  • 越前福井城主の松平忠直の所持。
  • 子の松平光長に伝わったが、光長は越後騒動で流罪になったため、当時の二ノ宮(後西天皇次男)、後の有栖川宮幸仁親王の蔵刀となった。
  • 貞享元年(1684年)同家から本阿弥家にきて百万の折紙が付いた。

尾張徳川家  

  • その後の来歴は不明だが、尾張徳川家から備前池田家、南部家と渡った。
  • これは元禄11年(1698年)、尾張邸に将軍が御成の際に献上刀とするために、南部家に「亀甲貞宗」の譲渡を申し込み、返礼として尾張家から「道誉一文字」と「綾小路行光」の短刀を贈ったものである。
    鞘書に「道誉一文字御刀 尾張中納言綱誠卿より被進」と記載があるが、佐藤氏はこれは池田家から尾張家への贈答の返却であるという。ただし、「亀甲貞宗」の逸話では尾張家と南部家が直接やりとりを行ったとされ、その時の返礼としてあわせて「綾小路行光」の短刀も贈っている。

南部家  

  • 享保名物帳では「松平伊予守(岡山池田侯爵家)」所持となっているが、この時期は南部家にあったとみられる。
    ※岡山藩2代藩主池田綱政を指しているとみられるが、正徳4年(1714年)死去。3代藩主継政は大炊頭。また享保ごろの南部利幹は信濃守、大膳亮。

皇室御物  

  • 明治天皇の東北地方行幸の節、南部利淳から献上され御物となった。
    昭和3年に南部家から皇室に献上とも。