豊後正宗

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豊後正宗(ぶんごまさむね)  

短刀
無銘 正宗名物 豊後正宗)
重要美術品
三井記念美術館所蔵

  • 享保名物帳所載

    豊後正宗 無銘長八寸 代金二百枚 大久保加賀守殿
    多賀豊後守所持、本棟に切込あり刄かね残る

  • 刃長八寸、平造り、真の棟。身の中ほどの棟に昔は切込みがあり、相手の刀鉄が残っていた。現在もかすかに痕が残る。
  • 中心はうぶで、振袖形。目釘孔4個、3個は埋める。無銘。

由来  

  • 多賀豊後守高忠所持にちなむという

来歴  

  • 元は多賀豊後守高忠所持
  • このころの金二百枚の折紙も付く。
  • その後徳川家康に渡る。「駿府御分物帳」には「御腰物(大坂焼物) 」として所載。
  • 享保名物帳編纂時は大久保加賀守忠方所持。
  • 昭和6年(1931年)9月に行われた大久保子爵家の入札で「名物 豊後正宗短刀」は2660圓で落札されている。
  • 昭和10年(1935年)8月3日に重要美術品指定。三井高公男爵所持。「短刀 無銘 (名物豊後正宗)」
  • 戦後昭和23年(1948年)5月、神奈川県大磯の三井家別荘にあったものが何者かに盗まれる。
  • 昭和34年(1959年)、アメリカサンフランシスコ市在住の山中純公氏が所有していることが判明し、三井家が買い戻した。




長さについて  

  • ※ただし、この時まで2尺ほどあった長さが享保名物帳では8寸(7寸9分)に半減しており、現在三井記念美術館で所蔵されるものも8寸弱の短刀となっている。
  • しかし「刀剣と歴史」1912年、日本刀剣保存会刊でも”脇差”と書かれている。




豊後正宗  

大脇差
刃長一尺九寸五分五厘

由来  

  • 多賀豊後守高忠所持にちなむという

来歴  

  • 文禄3年(1594年)には柳川城主の立花宗茂が伏見聚楽第の一部を拝領した御礼として献上している。同年極月13日づけで秀吉から礼状が届いている。それには無類の出来なので差料にすると書かれていた。
  • 本阿弥光徳はこれを拝見して押形を取り、埋忠寿斎に回して拵えの金具を制作させた。
  • 大坂落城で消失したと見えその後は行方不明。
  • 本阿弥光徳刀絵図所載
  • 菖蒲作り、表裏に丈比べの樋を中心先までとおす。
  • 鋩子困る、中心大磨上無銘。目釘孔2個。