蝉丸

蝉丸(せみまる)  

薙刀
せみ王丸

  • 武蔵坊弁慶所用の薙刀と伝わる。

伝説  

  • 文治3年(1187年)、京を離れ奥州藤原氏を頼ることにした源義経一行は、平泉を目指し亀割峠(現、山形県最上町)を越えようとしていた。
  • その時、義経の北の方(河越重頼の娘、郷御前(さとごぜん))が産気づいたため、弁慶が産湯を探して沢へと下っていき、小国川の川べりにあった湯煙を上げる大きな岩に薙刀を突き立てたところお湯が噴き出してきたという。
  • このお湯を、まもなく生まれた亀王丸の産湯として使い、その後一行は平泉へ向かった。
  • この岩割の際に弁慶が用いた薙刀の名前が、「蝉丸」あるいは「せみ王丸」だという。

瀬見温泉  

  • その後、この地は江戸時代に入ると出羽新庄藩戸沢氏の領地となり、弁慶が探し当てたという源泉は藩主家の御殿湯として用いられ、現在は瀬見温泉と呼ばれている。この「瀬見」の名前は薙刀の名前にちなむといい、亀割の地名から亀王丸と名付けたという。

関連項目