薩摩正宗

薩摩正宗(さつままさむね)  


無銘
二尺一寸三分、身幅一寸三分、重ね三分

  • 関ヶ原の戦い後、宇喜多秀家の所持していた「鳥飼来国次」をめぐる逸話がある。
  • しかしこの逸話には異説がある。それに登場するのが本刀である。
  • それによると、家康に申し出た宇喜多秀家の家臣は黒田勘十郎であるとする。
  • 黒田勘十郎は、宇喜多秀家は自決なされたと主張し、その証拠がこの刀であるとして献上する。
  • 後に秀家は生存しており嘘であることが判明したが、家康はその忠義を褒め、不問とするとともに、秀家の刀を黒田に下賜した。

来歴  

  • のちに黒田は薩摩の島津家に召し抱えられ、刀を島津家に献上する。
  • 黒田勘十郎の子がこれを拝領するが、数代のちの子孫がこれを商人に売り渡してしまう。
  • 明治23年に、時の鹿児島県知事渡辺千秋(諏訪藩士、貴族院議員、宮内大臣)が買い上げた上で「薩摩正宗」と命名し、以上の由来を箱書きした。
  • 棟には切り込みの痕があった。