結城来国俊

結城来国俊(ゆうきらいくにとし)  


国俊

  • 享保名物帳所載

    結城来国俊 在銘長九寸 無代 松平加賀守殿

  • 平造り、真の棟、鋩子尖り長く返る。中心は先をつまみ、「来国俊」と三字銘だが俊の字の半分が切れる。目釘孔2個。

由来  

  • 下総結城家の所有にちなむ。

来歴  

  • 家康の二男秀康が結城家の養子となり、この刀を所持。
  • 結城家は嫡子の忠直が受け継ぐが、乱行が目立つようになり元和9年(1623年)将軍秀忠は忠直に隠居を命じる。出家して一伯と名乗る。家督は秀康孫の光長が継いだ。
  • 国俊は、忠直が京都六条の傾城屋に下し、前田利常が購入したという。その後前田家に伝わる。
  • 寛文3年(1663年)本阿弥から千貫の折紙、貞享元年(1684年)極月には本阿弥光常が金百枚に上げている。
  • 文化9年(1812年)本阿弥長根がお手入れしている。
  • 大正14年、前田家の売立で同家を出る。
  • 昭和16年9月24日重要美術品指定。木村定造氏所持。このときの長さが享保名物などと異なり九寸一分四厘となっている。