粟田口派

粟田口(あわたぐち)  

  • 粟田口一派、粟田口派。鎌倉初期から中期にわたり最も栄えた。
  • 開祖は粟田口国家国家の子が粟田口六兄弟。
  • 国友、久国、国安、国綱らが後鳥羽院御番鍛冶と伝わる。
【粟田口一派】
国家─┬藤林国友[建久]──則国[承久]─┬左兵衛尉国吉[宝治]
   │                 │
   │                 ├左兵衛尉国光[建長]
   │                 │
   │                 └藤四郎吉光[正元]
   ├藤次郎久国[建久]
   │
   ├国安[正治]
   │
   ├国清[建仁]
   │
   ├有国[建仁]
   │
   └国綱[建仁]──新藤五国光

※諸説あり。[]は推定活動年間
※古刀期の刀工の相互関係については、紀年銘などからの類推が多くほとんどわかっていない。
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  • 代表的な刀工として下記がいる。

【鎌倉時代初期】(粟田口六兄弟)  

  • 開祖は國家とされるが、古来作刀が現存せず、実質的にその子である六兄弟が開祖とされている。

長男:国友  

  • 藤林左衛門尉。
  • 建久年間、御番鍛冶六月番
  • 古刀最上作
    子:則国(承久年間)-孫:国吉(宝治年間)-曾孫:藤四郎吉光
  • 現存作は極めて少ない。

次男:藤次郎久国  

  • 藤次郎。建久年間。
  • 御番鍛冶閏月上番
  • 備前の一文字信房とともに、「奉授剣工」として後鳥羽上皇の御作刀の相槌を許され、師徳鍛冶を拝命、「日本鍛冶惣匠」。
  • 「大隅権守」を受領したといい、刀工で初の受領とされる。
  • 古刀最上作
  • 銘は「久国」二字銘がほとんどで、まれに「藤次郎久国」と切る。隠し銘で「十二神」「明堂」「明空」とも切る。「注進物」には十二神の名であげられる。
  • 現存作のうち1口が国宝、3口が重要文化財に指定
太刀
銘久国国宝。二尺六寸五分五厘
太刀
銘久国重要文化財。身長65.1cm
御賀丸久国
御物

三男:藤三郎国安  

  • 粟田口国家の三男。
  • 藤三郎、林三(林藤三郎の意)。
  • 正治年間
  • 御番鍛冶四月上番
  • 「山城守」を受領。
  • 古刀最上作
  • 現存作は少ない。
「吹毛剣」
後鳥羽院所持。吹毛剣とは刃の上に毛を置き、息を吹きかけると毛が切れてしまうほどの利剣のこと。「水毛剣(すいもうけん)」とも。
水細丸(すいさいまる)
御番鍛冶の粟田口国安の作。由来不詳。
東郷平八郎所持
 
太刀
銘「国安」1950年8月29日重要文化財指定。鎬造、丸棟、小峰、腰反り高く踏ん張りつく。表裏に棒樋をかき流す。なかご生ぶ、雉子股形、先浅い栗尻。目釘孔1個。
太刀
銘「行正平治元年八月二日/国安」刃長二尺七寸一分半。小笠原長生子爵所持。
  • 「水毛剣」「水尾剣(みずのおけん)」「水細丸(みずぼそまる)」なども伝わるが怪しい。

四男:国清  

  • (建仁年間)
  • 古刀最上作
  • 新井白石所持

五男:有国  

  • (建仁年間)
  • 古刀最上作
短刀
銘「粟田口有国/嘉元二年」昭和9年12月20日重要美術品指定。細川利文子爵所持

六男:左近将監国綱  

  • 著名作は「国綱」の項参照

【鎌倉時代中期】  

則国  

  • 則国は山城国粟田口6人兄弟の長兄藤林国友の子で、国綱や景国と共に後鳥羽上皇のいわゆる隠岐御番鍛冶に選ばれている名工の一人
  • 古刀最上作
太刀
銘「則国」長さ72.8cm、反り2.7cm、元幅2.7cm。鎬造、庵棟。腰反りが高く、踏張がある。先は身幅狭く、小鋒となる。茎は生ぶ、中程に二字銘を切る。目釘穴1個。重要文化財
太刀
銘「則国」なかごに金象嵌銘表「常大橋入道式部卿法印竜慶」「献上譽田八幡宮世人若奪之可受神罰也」。長81.1cm、反り2.6cm。鎬造、庵棟、腰反。なかご生ぶ、栗尻。江戸時代初期の能書家大橋龍慶の刀。昭和9年1月30日旧国宝指定。誉田八幡宮所蔵、大阪歴史博物館寄託

国吉  

  • 則国の子、「左兵衛尉」に任じられる。
  • 藤兵衛尉、左兵衛、藤左衛門尉
  • 古刀最上作
  • 建治4年、弘安3年、弘安6年、弘安10年などの紀年銘
  • 著名作は「国吉」の項参照

左兵衛尉国光  

  • 新藤五国光とは別人
  • 則国の子、または次男
    • 国友の子、国吉の子ともいう。
  • 藤兵衛尉、藤左衛門尉、四郎兵衛、平次郎
  • 古刀上々作

藤四郎吉光  

  • 通称藤四郎。鎌倉時代中期の刀工
  • 粟田口六兄弟の次男久国の曾孫。国吉の弟、あるいは子という
  • 古刀最上作
  • 代表作は「吉光」の項参照

新藤五国光  

  • 藤六左近将監国綱の子。相州伝に影響を与えた。
  • 古刀最上作
  • 門人に藤三郎行光


その他の系譜  

因州景長  

  • 通称藤左衛門。はじめ藤四郎吉光の門人。
  • はじめ「吉正」、のち因州移住後に「景長」 ※吉正の子、あるいは門人ともいう。
  • 銘「因州住景長」
太刀
銘「因州住景長」 糸巻太刀拵。将軍就任後に、徳川吉宗が紀伊徳川家初代藩主である頼宣の没後50年目となる享保6年(1721年)に紀州各地の神社に太刀を奉納したもの。重要文化財。須佐神社所蔵

粟田口について  

  • 京都粟田口は、古来近江(滋賀県)側から京都に入る際に使用された街道沿いにある。
  • 宇治拾遺物語にも次のように描写され、当時すでに鍛冶の一群が住していたことがわかる。

    越後より鮭を馬に負せて二十駄ばかり、粟田口より京へ追入れけり、それに粟田口の鍛冶が居りける程に云々

  • また三条小鍛冶宗近が住したのもこの粟田口である。現在の京都府京都市東山区粟田口鍛冶町の佛光寺には、大正6年3月建立の宗近の古跡が残る。

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