童丸

童丸(わらわまる)  

太刀
源氏嫡流に相伝した刀のひとつ

来歴  

  • 髭切」、「友切」とともに源氏嫡流に伝わった三太刀のひとつという。
    ただし伝承によれば、「友切」とは膝切(膝丸)の写しである「小烏」を切ったことによりつけられた髭切の異名のひとつであり、頼朝の父源義朝の時に「髭切」へと名前を戻しているので、すでにこの時点でおかしい。
  • 河内源氏源頼朝の嫡流が三代で途絶えた後、北条政子はこれらの三太刀を甥にあたる足利義氏へ贈ったという。
    足利義氏は足利義兼の三男。母は北条時政の娘時子。頼朝と相婿の関係となった足利義氏は重用され、和田合戦や承久の乱など、重要な局面において北条義時・泰時父子を補佐した。自身の正室にも泰時の娘を迎えており、家督もその子である泰氏に譲っている。承久の乱の功により三河国守護職となっている。庶長子の吉良長氏は三河吉良氏の祖。
  • 足利義氏はこれを三河西尾城(別名西条城とも)の本丸に祀った上で、「国を乱し、万民を悩まし、不忠の働きするものはこれに触れるべからず」という文書を遺したという。
  • その後、国に変事あるときはこの刀が鳴動したと伝える。
  • その後の行方は不明。